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「嫌い……、ですか?」
山下が訊き返した。
「嫌いだな。他人の面倒になって生きる奴はクズだ」
「年金生活者もいますよ。かつては世の中のために働いた人たちです」
「確かに、そういう人も交じっているが、そうでないやつの方が多いだろう」
「そうなんですか?」
「知らん。聞いた話だ」
「あいまいな情報ですね」
曖昧な情報と山下が言ったのは、猪瀬の口癖を利用した嫌味だった。猪瀬は、捜査においてあいまいな情報をもっともらしく語る捜査員をののしることが多かった。それが捜査を誤った方向に導くことが多いと考えているからだ。その猪瀬が、似たような曖昧な情報によってゼロ番街を嫌いだと言ったことを、山下は皮肉ったのだ。
「生活と捜査は違う・・・」
それは猪瀬の苦しい言い訳だった。
「あれですね」
車の正面に、巨大な杉の木が群生しているように見える人工島があった。杉の木に見えるのは高層ビルだ。ビルそのものは珍しくもないが、飾り気のないデザインのビルは珍しい。
「いつ見てもゼロ番街のビルは愛想が無いな」
「猪瀬さんみたいですね」
「馬鹿野郎」
「大昔の県営住宅は、あんな感じみたいですね。一度、写真集で見たことがあります」
「ビルの写真集を見るとは、変わった趣味だな」
「廃墟の写真は、ミステリアスですよ。歴史も感じます」
車が50メートルほどの幅の水路を渡り、右折すると現場の砂浜が見えた。
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