ゼロ番街

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遠田が立ち去るところを見ながら、「こんなところにいたのか」と猪瀬は呟いた。 「知っている人ですか?」 山下が立ち去る遠田の後姿と猪瀬の顔を見比べた。 「知っていると言えるかどうか。向こうは俺の顔は忘れているようだ」 猪瀬には少しだけ寂しい気持ちもあったが、そんなものなのだと思い直す。だれだって事件でかかわった刑事の顔など憶えていたくないものだ。 「事件の関係者ですか?」 「昨年、旦那をチンピラに殺された女だ」 「組の抗争ですか?」 「旦那は一流企業のサラリーマンだった。月末の打上げが居酒屋であった。それが終わって店を出たところで、ゼロ番街のチンピラとぶつかったというわけだ」 「それで未亡人ですか・・・」 人間は思ったより簡単に死んでしまう。山下は、そう思いながら遠田の姿を探したが、その姿は見つからなかった。すでに建物の中に入ったようだった。 「相手がチンピラだから、賠償金も得られなかったのだろう」 加害者が金持ちや大企業、行政機関ならば、法外な賠償金を手に入れられる時代だ。一方で、チンピラや薬物中毒者、低所得者が相手なら、やられ損ということになる。 「不運ですね」 「ああ、世の中は不公平なものだ」 猪瀬は飾りのないビルを見上げた。
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