ゼロ番街

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闇夜の中、川崎ゼロ番街の住居の明かりが疎らに浮かんでいる。 桑原徳治は、誰もいない川崎ゼロ番街の東岸壁で、その明かりを見上げていた。海から流れてくる風には、まだ冬の名残が感じられる。 桑原は二年前の選挙で国会議員の身分を得ていた。彼を支えたのは、彼が住んでいた大阪ゼロ番街の人々だ。大都市のゼロ番街には、国会議員を送り出すだけの住民が住んでいるからだ。 しかし、ゼロ番街で国会議員の地位を得たものは、その所得の多さのために翌年にはゼロ番街に住む資格を失い、ほとんどの議員は支持者も失った。そして彼らは、社会的影響力のある経済界へ接近する。「二度とゼロ番街に戻るまい」という意志の固い者は利権にしがみ付き、ゼロ番街の住民との距離を作り、恨みも買うのが通例のようになっていた。 自分はそういう国会議員にはなるまい。ゼロ番街を離れてもゼロ番街に住む者たちのために働こう。それが自分の使命だ、と桑原は、改めて誓った。
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