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「桑原議員ですね」
桑原は自分に声をかけてきた小柄な男に視線を向けた。僅かな照明の明かりしかないために顔はぼんやりとしか分からないが、初めて見る顔だと思った。
この男がここで待ち合わせた相手なのだろう。川崎ゼロ番街に住むという男から、川崎ゼロ番街建設にかかわる不正について話したいことがあると連絡を受けて、午後9時に待ち合わせていたのだ。
男はベージュ色の作業着の上着とセットの帽子をかぶっていた。それが正装でもあるかのように、作業着のボタンは全部止められ硬く身を包んでいる。僅かな余裕もルーズさもない。桑原には、その男がとても几帳面な性格に見えた。
しかし、作業着が新しく几帳面に見える割には、男の顔には卑しく輝く眼があり黒光りする堅そうな皮膚に、違和感を覚えた。几帳面なだけの普通の男ではないとわかる。労働者ではなく反社会的な活動を行う男ではないだろうか、と感じた。
だが相手がどんな人間であっても、政治家として背筋を正して真摯に向き合わなければならない。相手の意見や感情を正面から受け止めて、その言葉を聞くことによってのみ、自分の政治に意味が生まれる。桑原はそう信じていた。
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