ゼロ番街

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翌日、川崎ゼロ番街は朝もやの中におぼろげな影を映していた。 遠田夢子は2歳になる息子の光輝と川崎ゼロ番街に越してきたばかりだった。それから親子は、ゼロ番街の岸壁で毎朝の散歩を楽しむようになった。 波が岸壁に打ち寄せる音に混じって、時折、空港から飛行機の離発着する音が流れてきた。飛行機の姿を確認することはできなかったが、朝もやの中を流れるその音は、文明の力を遠田親子に教えているようだった。 東側と南側の岸壁には釣り糸を海にたらす人間の姿が並んでいるが、西側は違う。西岸壁には、住民と自然界の動物たちのために人口の砂浜や岩場が作られていた。 親子は砂浜に下りて、打ち寄せる小さな波の音に耳を澄ませる。そうすると、この世には平和だけが存在し、不幸など無いように感じられた。その平和を遮るのは、羽田空港を離発着する飛行機の音だけだ。
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