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「そういえば、宮野さんはどうしてあの村に暮らしているんですか」
「赤ん坊のころ、親に八幡樹海に捨てられたのよ。それから満子さんに拾われて早二十年っていう所らしいわ」
中の握り飯を頬ばりながらの渡辺の問いに、一瞬逡巡したように見えた宮野はすぐに何気ない口調で淡々と話した。
「名前は―」
「籠に書かれていたらしいわよ」
口ごもった渡辺に冷たい視線を送った宮野は気にせず昼食を続ける。
「そういえば八幡村って、学校はどうしてるの?」
「私は行ってないわよ。特に問題もなかったしね」
尋ねるほど空気が凍っていくのを認識してか、渡辺はそれ以降口を閉ざし続けた。
そんな気まずい空気の中、午後も相変わらず誰にも遭遇しないまま、樹海の散策を終えた。
そんな淡々とした日の翌日。桜の園に入ってすぐのことだった。
「止まりなさい」
宮野の声にはっと目線をそちらの方へやった渡辺は、きょろきょろと視線をさまよわせていた中年男性の姿をとらえた。
駆け寄って行く宮野を視認して慌てて渡辺も走り始めると、その男はぎょっとした顔をしてしばらく固まった後、すみません、と連呼しながら全力疾走を開始した。
「あの……今までどうやって自殺志願者を追い返していたんですか」
逃げていく男を立ち止まって目を見開いて見ていた宮野に、ようやく追いついた渡辺は息を切らしながらも率直な質問をした。
「え……自殺を食い止めることができたのはあなたが初めてだったし、特に考えたこともなかったわ」
訳が分からない、という面持ちで首を振る宮野に、一方で渡辺は呆れかえっていた。
「とりあえずそれを考えるのが先だと思いますけど?」
まあそうね、と珍しく歯切れの悪い宮野は、力ずくで、いや……とブツブツ独り言を言いながら再び歩き始めた。聞こえないように小さく溜息をついた渡辺は、その後ろについて行く。
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