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男は、死に場所を求めていた。
男の歳は24歳。死ぬには少しばかり若すぎた。
男の人生は、一言で言えば不幸を振りまくものだった。男自身が不幸なわけではなく、ただ男が何かを成せば、決まって彼の周りの人間が不幸になったのだ。最愛の人も、尊敬する先輩も、師と仰いだ彼の恩師も。
そして、男が彼ら彼女らに不幸をもたらす度、皆口々にお前のせいで、と男を攻め立てた。
そう考えると、単に男の、人を見る目がなかっただけであったのかもしれない。もし優れた徳のある人物に男が逢っていたならば、彼は自殺を決意するようなことはなかったかもしれない。
男の自殺の決意には、彼に放たれた悪意に満ちた言葉たちもまた深く関わっていた。
男は悩み、そして、ある場所で一人死ぬことを決意した。いつ傷つけてしまうか、傷つけられるか、と戦々恐々としながらの日々に、男は耐えられなかったのだ。
その場所の名は八幡樹海。通称花霞樹海と呼ばれる、知る人ぞ知る自殺の名所だった。
そこには、かつて町が存在した。ある旅人が余生を送るために、八幡樹海に小屋を建てた。そしてその旅人は、彼が愛した桜の木を、小屋の周りに植えて行った。
その旅人を追うようにして、一人、また一人と旅人がその小屋に訪れ、そしてそこに住み始めた。
いつしかそこは人生に疲れた者たちが最期を過ごすために集まる、終わりの土地となった。
始めにそこに小屋を建てた旅人に習い、彼らは余生を美しい空間で過ごそうと、桜を植え続けた。
そうして、樹海の一部に桜の木々が並び立った。
しかし、そこはあくまでも最期のための土地。故に偶然その土地に入ってくるものはいたものの、その土地から旅立つ者は存在せず、その場が人々に広まることはなかった。
結果、一時期は町のような賑わいを見せていたその空間からは次第に人が消え去り、桜の木々だけが残された。
後の時代、自殺者の間で密かに八幡樹海に存在するその場所についてのうわさが流れ、誰が言い出したのか、花霞樹海と呼ばれるようになった。
男は、自殺者サイトからこの情報を入手した。
最初は半信半疑であったものの、どうせならそんな美しい場所で死にたいと、男は樹海を訪れる決意をした。
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