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そうして今、サイトで見た位置情報を頼りにして、男は樹海の中を進み続けていた。
引きこもっていた男にとって慣れない山道は厳しいもので、男の額には汗がにじみ、それを首に巻いたタオルで何度もぬぐっていた。
ロープの入ったリュックサックを背負い、地面を覆う落ち葉と枯れ木に気を付けながら、ゆっくりと歩を進めていく。
樹海に入ってからどれほど歩いただろうか、突然、彼の視界は薄桃色に染まった。
数度目をしばたたかせた男は、その光景に息をのんだ。
一面に咲き渡る桜の花々が、穏やかな昼下がりの日の光に包まれて艶やかな色合いを見せていた。
どれほど奥を覗きこもうとしてもその先に桃色の花々を遮る緑は見えず、まさに花霞という通称にふさわしい光景がそこに広がっていた。
しばらく惚けていた男は、当初の目的を完遂するために、その木々の隙間を縫うように歩いて行く。
男が足を前に出す度、生じた風によって地面に落ちていた花弁がふわりと浮かび上がり、そのまま流れるように滑っていった。
どれほど進んだだろうか、ひたすら続いていた桃色の空間が終わり、突如男の視界が開けた。
そこには小さな小屋が一軒建っていた。木造で、風化したためか所々に隙間ができており、長い間雨に当たり続けたためか、屋根の一部は緑色に変色していた。
すでに小屋は崩壊寸前らしく、男が触れると、乾いた音とともに木屑となって落ち、そこに小さな隙間が生じた。もはや、今現在まだ建っていることが奇跡と感じられるほどであった。
窓があったらしき空間から覗くと、中には木製の丸テーブルと椅子一脚だけが置かれていた。
しばらくその小屋の周りを見ていた男は、それ以外特に目新しいものがないことを知ると、再び先へ進んだ。
数十メートルほど先には、また先ほどと同じような小屋が、今度は数件並び建っていた。机や椅子だけでなく、いくつかの小屋の中にはタンスや割れた食器、ほこりをかぶった洋服などがあったものの、その様子は先ほどの小屋とほとんど変わらなかった。
小屋を見て回った男だったが、満足したのか、その場を後にして元来た道を引き返し始めた。
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