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「そう。けれど、自殺するなら勝手に野垂れ死になさい。少なくとも、ここじゃないどこかで」
「いや、……一人で死ぬためにここに来たんですけど」
は?と一瞬呆然とした女は、次の瞬間、こいつもか、と頭を押さえながらつぶやいた。
「え、どういうことです……?」
男は、おろおろとみっともなく手をばたつかせた。その様子に、小さく溜息をついた女は、何を思ったか三角座りの体勢でいた男のすねを蹴飛ばした。
「ここは八幡村の自治区なの。あなたみたいに入って来た人たちが自殺するものだから、村民の多くはこの土地を嫌って出ていくのだけどね」
拍子抜けした、といった面持ちでポカンと口を開いた男に、女は、とりあえずついて来なさい、と声をかけて颯爽と歩きだした。
慌てて立ち上がった男は、女に蹴られた足の部分の痛みに顔をしかめつつその後を追った。
「え……」
男の間の抜けた声がこだました。
立ち尽くしていた男は、女に早く来いと声をかけられたことで現実に意識を戻し、慌てて女の方へ駆け寄った。
そこには、少ないながら生活感の見られる家々と、それから数人の人影が見られた。何人かが立ち止まり、男の方へ視線を向けた。
その細められた眼に呆れや軽蔑といったものを感じた男は、慌てて彼ら彼女らから目をそらした。
女が向かった先は、他の家に比べて若干大きな一軒の家だった。少し前に男が見た今にも倒れそうな小屋とは異なり、西洋の趣きを持つレンガ製の建物らしかった。
西洋の情緒あふれる洋館といった面持ちのその内装に目をやりつつ、男は先を行く女の後を辿った。
「ようこそ、八幡村へ。歓迎するわ」
ひと際凝った意匠の扉の先の部屋には、白髪の目立つ、堀の深い顔の女性がいた。凛とした雰囲気を醸し出すその居住まいと鋭い眼光から、かなりの切れ者だということが感じられる。
アンティーク調の机の向こうの椅子に座っていたその女性は、男の方へ手のひらを差し出した。
おずおずと男はその手に自身の手を伸ばし、握手を交わす。
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