花霞樹海へ

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 女性が満足そうに頷く一方、早くしてほしいのだけど、という女の声が響いた。  やぁねぇ、久々の若い男だからってつい浮足だっちゃって、とからかうように言うその女性に、女は呆れた、と言わんばかりに盛大な溜息をついた。  繰り広げられるコントに、男は目を白黒させて立ち尽くした。  しばらくして息を切らせる妙齢の女とニコニコとほほ笑む女性という、傍から見ていても明らかなほど明確に勝敗が決した。 「さて、それじゃあちゃんと説明を始めようかしら……ああ、忘れていたわ。あなたのお名前は?」 「渡辺浩平ですけど」 「そう、渡辺さんね。それでこの村の話だけれど……」  最初にそれを聞きなさいよ、という女の言葉を軽く流してその女性は話を進めた。  曰く、女性の名前は八木満子といって、この八幡村の村長という立場だという。  八幡村は、その規模を小さくしながらも基本的には自給自足の生活で、何とか今まで存続し続けている。また、現在十五名ほどの村民で構成され、その多くが高齢者である。  いつ頃からか、自殺志願者がこの村唯一と呼べる観光地である八幡樹海の桜の園に訪れては自殺するようになり、村民は辟易している。  相次ぐ自殺によって村民が減っていくのを問題視した村長の意向により、それを阻止するために彼女、宮野初音を樹海に向かわせているらしい。 「――というわけで彼女に自殺の妨害をしてもらっているのだけれど、どうにも人員が足りなくてねぇ。というわけで、あなたにもその任に着いてもらいます」  そこから先、なし崩し的に自殺妨害の任に着かされ、渡辺は八幡村で生活することになった。これも彼が流される性質だからか、それとも八木満子の力なのか、とにかく渡辺の了承も何もないまま、トントン拍子に話が進んで行き……渡辺はこれからの生活を送る自身の家という場所の前へと連れてこられていた。 「あの……これ、本当に住めるんですか?」 「さあ、まあ今まで都会での生活に慣れ親しんできたあなたにとってはきついかもしれないけれど、まあ私の知ったことではないしね」
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