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* * *
連れて行ってもらったお店は、いわゆる大衆食堂というやつだった。店の外にも椅子と卓子(テーブル)があって、店の外も中もにぎわっている。
イメージ的には、下町の居酒屋って感じ。
お金がないとはいえ、ちょっとおしゃれな中華飯店を思い描いていた私は、がっくりと肩を落とした。
「どうしました?」
「あっ、いいえ。なんでも!」
怪訝な表情で見られてしまって、私は慌ててぶんぶんと手を振った。風間さんは、そうですか、と言って私に先に入店するように促した。
店にはドアはなかった。引き戸らしきものがあった形跡はあるけど、取り外されている。私は開け放たれている店に足を踏み入れた。
ガヤガヤと人が一斉に会話をしている声が一気に近くなる。
なんだか、わくわくしてきちゃった。やっぱり、外食ってテンション上がる。
意気揚々と奥へ進み、空いていた一番奥の角の席へ座った。二人掛けの卓子に風間さんと向かい合うと、なんだかちょっとドキドキする。
でも、風間さんは至って冷静に壁に貼り付けられているメニューを見回した。
(チェ)
軽く唇を尖らせてから、私もメニューを見回す。
何が書かれてるのかはわかるんだけど、料理名を見てもどんな料理なのか全然想像がつかない。
「どうされました?」
風間さんは心配そうにそう訊いてきた。こういうとこ優しいから、困るんだよ。
「書かれてる文字は読めるんですけど、それが何かまではわからなくて。私、風間さんと同じので良いので。選んでいただけますか?」
「分かりました」
風間さんはもう決まってたみたいで、片手を上げた。
店員が風間さんに気づいて近寄ってくる。中年の男性で、痩せ型。髪は団子状にひとつに纏められていた。
そういえば、そういう髪型の男性が多い気がする。
店内を見回してみると、やっぱり大半の男性がそういう髪型をしている。風間さんみたいにちょっと短い髪のサイドを後ろで結んで団子状にしている人もいた。流行かな?
注文を終えた風間さんに訊いてみると、既婚者の男性は全員そういう髪型にするんだとか。ってことは、ここにいる大半が妻子持ちなのか。
なかには私とそう変わらないくらいの子までいるのに……。
(あれ? 風間さんがその髪型ってことは、既婚者!?)
バッと勢い良く風間さんを見ると、きょとんとした瞳が帰ってきた。
「どうしました?」
「い、いえ……。なんでも」
声が思わず上ずる。風間さんは怪訝な表情で、もう一度訊いてきた。私は、今度は緊張しながら切り出した。
「えっと……。風間さんもその髪型ってことは、ご結婚をなさっておいでで?」
「……」
風間さんは何故かきょとんとした顔をして、次の瞬間笑い出した。私はびっくりして、目が点になる。
(こんな風に爆笑してる風間さんはじめて見た)
ひとしきり笑うと、
「すみません。谷中様の言い方が……おかしくて」
「そんなに変な言い方しました?」
「言い方というか、表情というか……」
「また、くるくる変わってました?」
テンパッてましたか。
「はい」
風間さんは頷いて、にっこりと可愛い顔で笑った。
(うう……。くそぅ。男の人のくせに、なんでそんなにキレイなんだよぅ。羨ましいぞ)
「私は結婚しているわけではありません。恋人もいないですし」
(いないの?)
思わず心が躍る。いや、バカ。冷静になれ。いたっていなくたって、相手は風間さんだよ。どうにもならないし、なっちゃダメなんだから。
「ですが、永では男女で旅をするというと、大抵の場合が夫婦なんです。兄妹という間柄のこともあるんですが、ほとんどは夫婦になります。私達が永を旅をする上で、夫婦とした方が何かと便利なので」
「ああ、だから宿屋のおじさんも私達のこと夫婦って言ってたんですね」
ほとんど決め付けた言い方だったけど、風間さんの髪型で判断してたのかもなぁ。
でも、どうして男女の旅行者は夫婦なんだろう?
「お待ちどうさま」
そんなことを、ぼんやり考えたとき料理が運ばれてきた。
大皿からやんわりと煙が立ち昇る。目にも鮮やかな紫色やピンク色の食材があんかけ風の液体と一緒に麺類の上にかかっている。
紫色の食材は竹の子に似た形で、ピンク色の食材はピーマンに似ていた。他にも葉野菜がたっぷりと乗っている。肉は豚肉と牛肉の間の色という感じ。
匂いはだいぶ美味しそうだけど……。倭和とは随分違う。
警戒している私に風間さんが小皿を差し出す。それを受け取ると、大皿と一緒についてきたトングでよそってくれた。
「ありがとうございます」
「珍しいですか?」
顔に出ていたのか、風間さんが窺うように訊いた。
私は、「ですね」と苦笑する。
「どういうところが珍しいですか?」
「ピンクの食べ物があるところとか」
だって、桃とか、サーモンとかそういう色じゃない。ショッキングピンクなんだもん。紫はまだ、芋があるけど。
「ふふっ。そうですよね。私も、初めて見たときは驚きましたよ」
風間さんがおかしそうに笑った。
「え? 当たり前じゃないんですか?」
「違いますよ」
風間さんはお箸(といってもかなり長い箸で、菜箸くらいある)を私に渡した。
「紅瓜(コウカ)という永にしかない野菜なんですよ。この箸だって使う国と使わない国があります。功歩と瞑はフォークとナイフですし」
「へえ。そういえば、風間さんって結構他の国のこと知ってますよね」
永のこともあれこれ知ってるし。
「旅行が趣味だったりするんですか?」
「趣味というか、仕事上ですね」
「仕事……あれ? でも、風間さんの仕事って執事ですよね?」
「ええ」
執事って屋敷の中に居るイメージだけど。
「肩書きは執事ですけど、功歩国内で雪村様の身の回りのお世話をしているのは実際は別の人物になりますね。以前は私もそうだったんですけど……」
風間さんはちょっと残念そうに笑んだ。
「どうしてですか?」
「……人事異動、というやつです」
風間さんは笑んだ。何故だかその笑顔が、拒絶の色を表しているような気がした。愛想笑い、そのものという感じ。
聞かれたくないことだったのかな。
私は、とりあえず話題を変えようと小皿に取り分けられた料理に箸を伸ばした。
紅瓜は、触感はピーマンそのものだけど、味は何故か甘い。不味くはないけど、なんだか不思議な感じ。
紫の竹の子は触感が物凄く柔らかくて、硬いと想像してたから一瞬脳がパニックった。味は癖がない。
あんかけは、塩風味で美味しい。麺も、ちぢれ麺という以外癖がなく美味しかった。
肉に手を伸ばす。肉は、ラムに良く似ていたけど、ラムより全然食べ易い。食べた事がある味だ。
「これって、豚竜ですか?」
「そうですよ」
「豚竜ってどこにでもあるんですねぇ」
「ええ。この世界の肉の主流は豚竜ですからね。魚も食べますが、内陸部では魚よりも豚竜の方が消費されます。永は水の国ですから、魚の方が多いですよ」
「へえ。そうなんですね」
私は頷きながら、また料理に箸を伸ばした。
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