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惑い
風間は少し戸惑っていた。
隣で凍り漬けにされたように固まる少女をチラリと覗き見る。
一刻も早く、雪村の許へ行きたい。
灰楼への道すがら、風間の頭を占めていたのは主の存在である雪村だった。
ゆりが疲れている事も、休息を必要としていた事も、当然気づいてはいた。だが、ゆりにかまけている時間が惜しかった。
だからこそ、悪印象を与えないだけのフォローをしたつもりだし、自分の要求がスムーズに伝わるようにもした。そのおかげか、ゆりは文句一つ言わなかった。
だが風間にしてみれば、それはとても意外な事だった。
二、三度文句を言われるだろうと覚悟していたのだが、へとへとになるまで歩かされ、ボロ宿に泊まらせられ、加えて風呂もないという状況にあって、文句を言わない女がいるとは思わなかった。
それどころか、自分が床で寝るとまで言い切った。風間は表面上、ゆりを上の立場として扱っている。
普通そういう言動を取られると、人間は自然とそのようになって行くものだというのが風間の持論だった。だが、ゆりは屋敷での日数も加え、何日経ってもへりくだったままだ。
屋敷にて、魔王は自分のものだとはっきりと宣言された時、やっとゆりが自分より上の立場になったのだと思った。やっと、見限ったのだと心底ほっとしたのだ。
しかし、蓋を開けてみれば、元のままだ。
もし、ここにいるのが自分ではなく、毛利であったら、ゆりは一にも二もなく、ブーブーと文句を言っただろう。
雪村であったなら、無神経だと怒っただろう。
(やはりそうなのだろうか?)
風間は静かに目を瞑った。
モゾッと寝返りをうつと、背中越しにゆりがビクッと身震いする気配が届く。
(彼女はやはり、まだ私の事が好きなのだろうか?)
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