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* * *
とりあえず、服を調達するために、街まで行くことになった。
海から離れて、暫く歩いていると、丘を下ったところに小さな町が見えた。
「地図も手に入ると良いですね」
風間さんが町を見ながら独り言のように呟いた。
* * *
町には牌坊があり、決して高さがあるとは言えない塀に囲まれていた。
私の背が百六十センチちょっとだから、それより頭二つ分低いくらい。
幸い憲兵のような者はいない。
私達は隠れるように町へと入った。
町の中は、漫画や映画で観た、昔の中国といった感じだった。むき出しの地面が真っ直ぐに伸び、両脇に木造の建物が並ぶ。
二階建ての建物もあるけど、全体的に平屋が多い。
あまり、華やかな印象は受けなかった。
小さい町だし、人通りもあまりない。
目立たないようにしてるつもりだけど、外国人が珍しいのか通り過ぎる人にジロジロと見られてしまう。
顔立ちはそんなに違わないはずだけど、やっぱり服装が目立つらしい。
「ありました」
風間さんはある建物を指差した。その建物は平屋で、前に何故か服が吊るされていた。よく観ると、他の建物の前にも干し肉や、杯が吊るされている。
「風間さん、これは?」
私が吊るされている服を指差すと、風間さんは「ああ」と頷いて、
「永では、その店に売っているものを吊るして看板代わりにする風習があるんですよ」
「へえ~。おもしろいですね」
それにしても風間さんはなんでも知ってるなぁ……。
「そうですね。やはり、土地ならでは、国ならではのものはどこにでもありますよ。――入りましょうか」
「あ、はい」
風間さんが戸を開けて、私を先に通してくれた。
店の中は薄暗く、入ってすぐに柵があった。その先は、広い空間になっているらしく、幾つかの箪笥と、服が見えた。
「いらっしゃい」
柵の奥から、店主らしき中年の男性が出てきた。少し太めで、口髭が生えている。
「どのような服をお探しで?」
「寝袋と女物と男物、歩き易い物が良い。この服と交換できる物で。靴があったらそれも」
風間さんが自分の服を引っ張りながら簡潔に言うと、店主は上機嫌に奥へと引っ込んだ。数分して服を抱えてやって来た。
「こちらでいかがでしょう」
差し出すようにして見せたのは、サイズ違いの長袖のチャイナ服に、カルサンやニッカポッカに似たズボンが二着ずつ。
それと、サイズ違いの中華靴だ。
「靴は履いてみてください」
靴を受け取って、風間さんが私に差し出した。
靴を脱いで履き替え、つま先をトントンと叩いて、少し歩いてみた。
「大丈夫そうです」
「そうですか。ではこれで」
風間さんが店主に向かい合うと、店主は私達を促すように手を反らした。
「では奥にて着替えを」
奥へと進むと、箪笥が壁沿いにずらっと置いてあった。一つの箪笥の前に中年の女性がいて、服をしまっていた。
どうやら、ここに売り物の服が入ってるみたいだ。
壁沿いの箪笥の列が切れた所に、人一人が入れるくらいの窪んだスペースがあった。そこに店主が棒を突っ込んで、大きな布をかける。
「お先にどうぞ」
風間さんが笑んで、スペースの方に手をやって促した。
(更衣室だったんだ)
私は小さく頷いて、更衣室へと入った。
棒の位置が目線より若干下で、風間さんと店主が見える。
(なんかちょっと、緊張するんですけど)
私はちょっとだけドキドキしながら、服に着替えた。着ていた制服を持ってカーテン代わりの布をめくる。
「お似合いですよ」
お世辞をどうもありがとう。私は店主にぺこりと頭を下げる。すると、風間さんが微笑んだ。
「本当に、可愛らしいですよ」
(う、嬉しい! ――いや、イカン、イカン!)
私は思わず高鳴った胸を押さえつけて、首を横にブンブンと振った。
「ありがとうございます」
頭を下げると、風間さんはにこりと笑った。
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