第一話・美章国。

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第一話・美章国。

「うっ……」  耳が痛い。頭がクラクラする……。 「うう……」  呻きながら、うつ伏せになっていた体を起こす。 (すごく体が重い。まるで誰かに乗っかられてるみたい)  ずるっと体の上から、何かが滑り落ちる気配がした。 「え? ――クロちゃん?」  振り返ると、私に覆いかぶさるようにクロちゃんが倒れている。 ……本当に乗っかられてた。 「おいしょ!」  私はクロちゃんから抜け出して、体を揺する。クロちゃんはフードを深く被ったままぐったりとしていた。 「ちょっと、大丈夫?」  ぴくりともしない。  不安になってきて、軽く揺すっていた手に力が入った。 「ねえ、クロちゃん! 起きて!」 「うう……」  思い切り揺すると、クロちゃんが呻いた。私はほっと息を着く。  とりあえず、大丈夫そうだ。 「う……ん」  クロちゃんが唸りながら、瞳を開けた。 「あ、れ?」  乾いた声を出して、ゆっくりと起き上がる。私はクロちゃんを見据えた。 「大丈夫?」 「……うん。キミは?」 「ちょっとだけ耳が痛いけど、大丈夫」 「そっか」  頭のふらつきはもう消えていた。  少しだけ耳鳴りのような、閉塞感のようなものがあって、耳は若干痛む。でも起き抜けよりは大分良い。 「ここ、どこだろ?」  尋ねつつ、辺りを見回してみた。  どうやら、私達は森の中にいるようだった。視界の中は木と藪だらけで、空は狭い。深い森の奥とかだったらどうしよう……急に不安になってきた。 「……」  クロちゃんは黙って、森を見回した。  目線を一周させたところで、はっとした顔つきになり、片眉を弾く。怪訝そうな、半信半疑のような顔だ。 「もしかして……」  そう呟いて立ち上がった。そしてそのまま、ズンズンと真っ直ぐに歩き出した。 「えっ、ちょ、ちょっと待ってよ!」  私は慌ててクロちゃんを追った。  クロちゃんは藪を掻き分けて、数メートル行ったところで止った。 (もう、なんなのよ!)  混乱しながらクロちゃんを見ると、彼は真っ直ぐに何かを見据えている。私はその先を目線で追った。 「わあ……!」  目にしたのは、大きなお城。  ダージ・マハルのように左右対称で、聖ワシリイ大聖堂のようにカラフルだった。  カラフルなのは、お城だけじゃない。城下町もおもちゃの家を並べたように色鮮やかだ。その町を白いレンガの塀が丸く囲っている。 「すごい!」  可愛い! 「そう? ぼくは嫌いだけどね」 「そんな憎まれ口言わないでよ!」  むくれながら振向くと、クロちゃんは真剣な顔をしていた。 (あれ。もしかして本気だった?) 「ええっと……ここって?」 「どー見ても、美章国の凛章(りんしょう)だね」 「凛章?」 「王都だよ」 「王都!?」  すごい。王都なんて、初めて見た! ファンタジーでしか聞いたことのないワードだよ!あれ、でもちょっと待って? 「私達、倭和国にいたはずじゃ?」  大きなお寺とか神社とかにそっくりな屋敷にいたはず。もう倒壊しちゃったけど……。 「そうだ。私達、なんで殺されかけたの?」  魔王ってそんなに危険なの? 「クロちゃん。あの襲ってきた人達ってなんなの?」 「あれは、多分ニジョウの人間だよ」 「ニジョウ?」  オウム返しすると、クロちゃんはうんと頷いた。 「倭和の奥地に住んでる部族だよ。屋敷があったろ? あの周辺に住んでるって噂。特に東の森に居住を置く事が多いとか」 「へえ……」 「倭和じゃ、危険思想で行政のいう事もきかない問題児って有名。強いらしいから倭和の行政も迂闊に手を出せないんだってさ。ただ、独自の宗教だか信念だかを守りたいだけで、干渉したり領地に足を踏み入れない限り無害って、倭和の役人には聞いてたけどね。まあ、書面でだけど」  その宗教理念が、魔王を殺す事だったわけか……。 (他にもそういう思想の人達はいるのかな。私、帰るまで無事で居られるのかな?)  不安がむくむくと湧いてきた。 「でも、魔王を殺そうなんて変わった連中はあいつらくらいなもんだから、安心しなよ。それに、ここは美章だよ。やつらのいる倭和じゃない。やつらだって他国に干渉なんてできやしないし、第一魔王が誰かも分かってなかったろ? キミがここにいるなんて、誰もわかりゃしないよ。あの場に居た誰にもね」  最後の言葉は、含みのあるような言い方だった。  まだ、クロちゃんは私の中の魔王を諦めていないらしい。世界を破滅させようなんて考え、やめたら良いのに。  でも、クロちゃんのおかげで安心はした。少なくとも今は命を狙われる心配はないらしい。  ほっと息をつく私を横目に、クロちゃんは腕を組んで斜め上を見た。独り言のように呟く。 「帰る手間が省けたし、ぼくにとってはラッキーかな」 (え? 帰るって、もしかしてクロちゃんって王都に住んでる?) 「行こうか」  言ってクロちゃんは、私に手を差し出した。  私は頷いてその手を取った。
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