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* * *
爛の夜は静かだった。
提灯の赤い色が所々に燈っている程度で、辺りは暗い。
「倭和ではランプでしたけど、爛は提灯なんですね」
「そうだな。爛もだが、岐附も千葉も元々提灯や行灯が主流だったからな」
「へえ、そうなんですね」
「ああ。だから、この爛と岐附の田舎じゃいまだにそうだぜ。まあ、千葉はわかんねぇけどな」
「ふ~ん」
爛の町並みは、時代劇に出てくる町に似ていた。違う点を上げるなら、石造りの家がちらほらとあるくらいだ。
「どうして木造の中に石造りの家があるんですか?」
「ん? ああ。多分、ウチの国の影響だろう」
「ウチっていうと、岐附ですね」
「ああ。ウチの国には石造りに瓦屋根という建造物があってな。主に貴族や金持ちが住んでる家なんだが、こっちじゃ飲食店を表すらしい。百年くらい前に国交が盛んだった時期があって、その名残だろ」
「なるほど」
頷きながら視線を巡らすと、建物の隙間からひときわ明るい光が見えた。
「あれはなんですか?」
「ああ……」
アニキは言い辛そうに苦笑する。
「あの先は、花街だ。その明かりだろ」
「……ああ、なるほど」
なんだか気まずくなって、口を間誤付かせた。アニキも気まずかったのか、髪をわしゃわしゃと掻く。
「飯でも食いに行くか」
「はい」
私は小さく笑んで頷いた。
入店したお店は、食堂という感じだった。
丸型のテーブルに、腰掛のついていない角ばった椅子が二つセットで置いてあって、それらがワンセットで数十個、通路を挟むように並べられていた。
私達は適当に目に付いた席についた。奥から二番目の真ん中の席だ。席に着くと同時に、店員さんである若い女の子がメニューを持ってきた。
店員さんも私を助けてくれた女の子、水穂(みずほ)ちゃんと同じような格好をしていた。
水穂ちゃんとお爺さんにはお礼を言って出てきたけど、彼女達に拾ってもらえなかったら、どうなっていたんだろうと、ちょっとぞっとするところがある。
それを考えると、もう少しちゃんとお礼がしたかったな。
「嬢ちゃん」
「はい?」
突然声をかけられて、私は反射的に正面にいたアニキを見た。アニキは少し困ったような顔をして、私の前にメニューを置いた。
「読んでくれるか?」
「え?」
「俺、爛の文字読めねぇんだよ」
(爛の文字?)
私はメニューを見てみた。カタカナや漢字でメニューの料理名が読める。特に、変わった文字などはない。倭和の地図もこんな風に見えてた。
「この世界の言葉って一つだけなのかと思ってました。これって、本当に爛の文字なんですか?」
「ああ」
アニキは深く頷く。
「でも、水穂ちゃんとスラスラ話してましたよね?」
「言語はな。公用語ってのがあって、普通はそれで喋るからな。喋りに関しちゃ、苦労はしねぇんだ。逆に文章は都会でない限り、その国の文字で書かれている事も多いんだ。ま、国によっちゃ様々だが……。お宝の古い巻物なんかをかっぱらった時は、なに書いてあんだかさっぱりってのは常だったからな。その点は月鵬に任せっぱなしだったけどな」
……うん。お宝うんぬんはスルーしよう。
「でも喋りでも、独自の訛りとかはあるんだぜ? 俺の耳からは、黒田の言葉は美章の訛りが若干強いし、逆に毛利と風間はまったくもって訛りがねぇな」
「へえ、雪村くんは?」
「三条は、たまにって感じだな。どこの訛りなのかは分かんねぇけど。ただ、確実に言えるのは、俺が一番訛りが酷いだろうなってことなんだが」
「あははっ! そうなんですね」
アニキが話を落としたので、私は思わず笑う。
本当なのかどうかは、私には判別がつかないけど、魔王は公用語や独自の言語などを関係なく訳してくれているのだということだけは分かった。
でも、ここで疑問が一つ湧く。
「公用語って、どこの国の言葉なんですか?」
「え?」
公用語として世界に浸透しているのなら、元になる国の言葉があるはずだ。
私のもといた世界でも、植民地にされていた国が未だに公用語として英語とかを使ってるもん。
「ああ~……そうだなぁ……」
アニキはしばらく考えるように顎に手を当ててから、あっけらかんと言い放った。
「わかんね!」
「え? わかんないんですか?」
「だって、俺が生まれたときからそうだからなぁ。多分もう、何百年そうなんだろ? 疑問に思った事もなかったわ」
「ふ~ん。そんなもんなんですね」
「そうだろ」
アニキはそっけなく言ってメニューを覗いたから、私は上から順に読み上げて行った。
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