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* * *
三日前、彼女は目を覚ました。
重く、だるい瞼を何度か動かして、やっと意識が覚醒した気になった。
ふと、映った格天井の中に見慣れた顔が幾つか覗いた。
彼らは皆、彼女を見るとわっと歓喜に湧き、泣き崩れた。
その中の一人、栗色の髪の男が、金の瞳を潤ませながら、彼女を強く抱きしめた。
ああ、そうだ――彼女はぽつりと呟く。
「毛利さん?」
彼女の問いに、毛利は「ああ」と、何度も呟いて、彼女を抱きしめながら啜り泣いた。
彼女は暫く茫然としていた。状況が把握出来なかったらしい。死後硬直が解け、起き上がれるようになったころに、毛利は静かに告げた。
「お前は一度死んだ。それは、分かるな?」
「……はい」
「今は俺の能力で体に魂を定着させているに過ぎない。俺が死んだり、能力が使えなくなれば、お前の体からは魂が剥がれ落ちるだろう。もしかしたら、成長も、子供も望めないかも知れない。それは、経過を見なければ分からない」
「つまり、私の体は普通とは違くなったってことですか?」
彼女は淡々とした様子で尋ねた。
毛利は一瞬躊躇う素振りを見せ、途端に無表情を崩した。
悲痛な面持ちで、深く頭を下げた。
「すまぬ。だが、お前を失いたくはなかった」
「毛利さん。頭を上げてください」
叱責される覚悟だったのだろう。毛利は、強く閉じていた目を覚悟を決めたように開いた。
そんな毛利に対し、彼女は思いがけず柔らかい声をかけた。
「それって、毛利さんと一緒に生きて、一緒に死ねるってことですよね」
毛利は一瞬、目を見開いた。
「私、薄っすらと覚えてるんです。魔王を分離させて、魂だけの存在となって、宙に浮いていたときのこと。上空から光が見えたんです。とっても美しくて、この世のどこでだって見たことのない大きくて、暖かな光り……。そこから、二つの輝く魂がやってきて、私の前に聖女をやってた女の子が、泣きながら一つの魂へ飛んでいったんです。もう、嬉しくて嬉しくてたまらないっていうのが伝わってきて。そしたら、彼女の魂の中からもうひとつ、とても清んだきれいな魂が飛び出してきて、迎えに来たもう一つの魂と、抱き合うみたいに重なって……。その瞬間、解ったんです。ああ、この人達は生前お互いの事が、すごく、すごく好きだったんだなって」
彼女は毛利を見据えて、少し哀しげに微笑んだ。
「そんな人と、あの人達は六百年も離れ離れだったんですよね」
照れくさそうに、彼女は頬を掻く。
「だから……なんて言ったら良いのか分からないけど……一緒に生きられるなら、それで良いじゃないですか」
心からの満面の笑みを浮かべた彼女を、毛利は静かに引き寄せた。
しばらくの間、二人は互いを労わるように抱きしめ合っていた。
* * *
「どうやら祖は、やっと彼女に逢えたみたいですよ。初代竜機長」
ふふっと微笑(え)んだ柳の瞳に薄っすらと涙が滲む。柳はそれを指で拭うと、何事もなかったかのように元の、快活で、どことなく得体の知れない表情に戻った。
「……ふむ。やっぱりこの報告は追記にしよう。先に、あっちを書くかな」
楽しみを取っておくように独り言ちて、柳は巻物に筆を置いた。
――― ――― ―――
北丁(ほくちょう)六五〇年。
千葉(センヨウ)、首都安土にて、三条雪村、魔王復活せしめる。
魔竜を操りし、三条一族――当主、三条雪村により、安土の地は甚大なる被害が及ぼされた。
死者、千。
負傷者、三千。
いづれも安土兵であり、市民に被害なし。
三条雪村、安土にて落命す。毛利影也が誅す。
魔王、聖女によりて浄化を遂げる。
共感作用にて魔竜内の魔王も浄化、魔竜幽明境を隔つ。
詳録は、別巻にて記載せり。
――竜王書簡・柳。
(了)
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