一話・シャマールの王宮

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 * * *  私が目覚めた時にいた彼は、なんとこの怠輪国の王だった。  知らなかったとはいえ、失礼な事をと、謝罪すると、王――シャルシャ・ジィーダルッダ王は、にこりと優しく笑んで、何、気にしないよと言ってくれた。  ちなみに十八代、怠輪王らしい。十八代って、徳川幕府より長いよね。  私達は、王宮の中庭に空から落ちてきたらしい。  何事かと騒然となったらしいけど、寝ている私達を見て、とりあえず危険な者ではないと判断されたらしい。  柳くんは子供とは言え、男子だから、とりあえず兵士つきの部屋で寝かされていたらしい。  私は女子なので、男性だらけの兵士部屋や、兵士をつけて置くのは倫理上、どうなんだって話になって(怠輪では女性兵士はいないらしい)王宮で働く侍女が見張っていたらしいんだけど、シャルシャ王が様子を見に来て、侍女は部屋を退室したところだったらしい。  先に目覚めていた柳くんは、官吏に色々と聞かれた。  でも、答えるよりも逆に質問攻めにしてしまって、困らせていたので、仲間の元へ行け! と、半ば追い出される形で、私がいた部屋へ連れてこられたらしい。  そこで、私が目覚めたって事みたい。  今は、王の計らいで、夕飯にお呼ばれしている。  怠輪の人たちは、町並みと同じように、かっこうもアラビアぽかった。  男の人はターバンを巻き、ジャンビーア(短剣)を腰に刺している。服装は、薄い長袖の人もいれば、半袖の人も、ベストのみの人もいた。  女の人は顔を隠して歩いていた。  個々さまざまな色の布で頭や顔を覆っていた。肌は、浅黒い人、黒い人、少し白い人。割合はそう変わらない。  みんなエキゾチックな顔の、堀の深い人達だ。  でも、アジア人のような感じの人たちは見受けられなかった。  使用人の人達が物珍しそうな顔をして私達を見ていくので、アジア人系の人は怠輪にはいないのかも知れない。  怠輪と言えば、月鵬さん達の話によれば、何を企んでいるのか分からない国という話だった。  大戦のおり、鎖国状態だった怠輪は、突如千葉と、爛を襲い、それが陽動だったのかは分からないけど、倭和にも攻め入ったという。  そして大戦が終了し、また鎖国を再開。だんまりを決め込んでいる。何をするか分からない国。  そう聞いた。  だけど、使用人の人達や、王を見た感じでは、そんな風には見えない。 「客人よ。怠輪は暑いだろう?」  映画で見るような、長いテーブルに向かい合って座っていた王が声をかけてくれた。  距離は五メートルくらい離れてるけど、部屋に反響して声はよく届いた。  席順は、王と向かい合ってるのが私で、柳くんは、私から少し離れて左側に座っていた。 「あ、はい」  とは答えたけど、セーターも脱いで、シャツ一枚で過ごしやすい。  王宮の中がひんやりする造りになっているからなのか、涼しい。でも、これが昼間だったら、ちょっとどころではなく暑いと思う。  秋のはずなのに、台風でも来て、変な気象状況なのかな? 「怠輪は他の国に比べて二か月ほど季節が遅れてやってくるからな。今は夏なんだ」 「え!?」 (なんで?)  私は素直に驚いて疑問に思ったけど、柳くんは平然としていた。  毛利さんは完全能面で何考えてるか分からないけど、柳くんは表情があるのに、何を考えてるのか分からないときがある。 (いきなり人に刃物突きつけてにこにこしてたりするし)  でも、二ヶ月と言えば、今は夏真っ盛りか。  そりゃ、長袖プラス、セーターで寝てたら、寝汗もめっちゃ掻くはずだわ。 「怠輪と千葉を繋ぐ海を、紅海と言うのは知っているかな?」 「いいえ」 「その紅海がちょっとした曲者なんだよ」 「曲者?」 「ああ。紅海には強い磁場が発生していてね。常にってわけではないんだが、その影響で諸外国に比べて、二か月遅れで季節が廻って来ると言われているな」 「へえ~」 「この海を渡るのは非常に面倒でね」  そう言って、王はワインのようなお酒を口に含んだ。 「どうしてですか?」 「強い磁場が発生しているときに渡ると、機材に影響が出たり、船を曳いているドラゴンがパニックになってしまうこともあるからだ」 「へえ……」  ドラゴンって船も曳くんだ。  違うところで関心していると、王は私を見据えながら、 「空を行くのも危険だ。磁場にあたると、騎乗翼竜が眩暈を起こして落下してしまうからな」 「そうなんですか」 「キミ達は、そんな紅海をどうやって渡ってきたんだね?」 「え?」  王は突然真剣な瞳で私達を見据えた。 「白海側と黒海側は常に荒れているし、大地の造りから船が乗りつけらられるようにはなっていない。キミ達が空からやってきたのは明白だが、我が国の黒海と白海の領域には、小さな島が幾つかあり、そこには獰猛な翼竜が住んでいる。進入してくるとすれば、紅海側しかないのだが、磁鳥(じちょう)もなしに、どうやってこの国へとたどり着けたのかな?」  冷静な声音だけど、瞳は明らかに怪しんでいた。 「えっと、あの……」  そんな事言われても、困る。  私だって、何がなんだか分かってないんだから。  私がしどろもどろしていると、王は小さく息を吐き、 「まあ、それでも、運がよければたどり着けるだろうが……」  口の中で含むように言って、使用人を呼んだ。  使用人はグラスに、ワインのような飲み物を入れ、後ろへ下がった。 「密航してきた、という事も考えられるが……」  呟いて、柳くんに一瞥送り、私を見据える。 「そこの少年はともかく、貴女はそのような感じには見えないな」 「密航? 鎖国中なんじゃ?」  王の言葉を受けて、思わず私は疑問を声に出していた。 (あ。やばい。まずったかも)  慌てて口に手を置いたけど、王は大して気にした様子もなく、 「鎖国中と言ってもね。千葉(せんよう)の一部とは交流を持っているんだ。キミは、千葉の人間だろう?」  言いながら、王は柳くんに目線を移した。  柳くんって、千葉の人だったんだ。ってことは、毛利さんもだよね。 「確かに、僕は千葉で暮らしてます。でも、今回は密航してきたわけではありません」 (今回は?)  私的には、引っかかる言葉だったんだけど、王は気にした様子はなく、 「――というと?」  と促した。 「今回は、そこの〝魔王〟の力によって運ばれてきただけで、故意ではありません」  柳くんは、スープを飲み干しながら、平然と言ってのけた。  魔王と紹介されて、正直良い気分はしない。 「魔王」  王は、私に向き直り、まじまじとした視線を送った。  ううっ、なんか居た堪れない。 「そうか……魔王か……」  王は意味深に呟いて、顔を伏せた。そのうち、おもむろに席を立った。 「ついてまいれ」  一言だけ言って、歩き出す。  私はわたわたと慌てて立ち上がり、後を追おうと柳くんを見ると、柳くんは口元に笑みを湛えていた。  その笑みが、どことなく、不気味な感じがした。
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