吹雪の中で。

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 * * *  私達は、あの後すぐに洞窟の中に移動した。  ドラゴンと遭遇したところから、数メートルのところに洞窟はあった。  あのドラゴンは、つがいで生活するらしく、洞窟の奥などに住むのだそうだ。  なので、どうやらここは、さっきのドラゴンたちの寝床だったみたいで、無数の枝がドラゴンが丸まっていた形で固まっている。 「寒い寒い、寒い!」  私は呟きながら、全身を擦った。 「着物を脱げ」 「え!?」  びっくりして目を見開くと、呆れた表情をされてしまった。 「……凍傷になるからだ。何を想像した」 「いえ、何も?」  すっとぼけたけど、思わず倭和の屋敷での出来事が頭をよぎる。  赤くなりそうな頬を冷たい手で覆う。  毛利さんはおもむろに着物の袖に腕を入れた。 「キュウ」  可愛い鳴き声を上げて、火吹竜が顔を出す。火吹竜は、毛利さんの手のひらに乗ると、ドラゴンたちの寝床だった枝を燃やし始めた。 「つれてきてたんですね」 「念のためな」  灯り始めた焚き火に、私はほっと息をついた。  火吹竜は寒そうにぶるっとひとつ身震いをすると、毛利さんの着物の裾へ戻った。それを見届けて、私は隅っこで着物を脱いだ。  ちょっとドキドキするけど、しょうがない。  全部脱ぐわけじゃないもん。  着物とコートは濡れてたけど、長襦袢は比較的平気だった。  膝から下は濡れてるけど、そこだけ捲くれば、何とかなるでしょ。 「ううっ、寒い!」  こんなことになるなら、屋敷を出るんじゃなかった。  せめて、部屋から出るだけに止めて置けばよかった。  チラリと見た毛利さんは、コートと、雪靴を脱いだだけだった。 (う、羨ましい)  その場に座り込むと、毛利さんがコートを投げてきた。  慌てながら受け取ると、 「それで血がついたところを拭け。放置してると凍傷になるぞ」 「……すいません。ありがとうございます」  遠慮がちに言って、ごしごしと顔を拭いた。  血はなんとか取れたかなという感じだけど、新たに水っぽくなってしまった。  そこに、もう一つ羽織が振ってきた。  当然のごとく、乾いていて、ほんのりと暖かい。 「それで拭け」  これ、毛利さんの着物だ。 「でも、それじゃ、毛利さんが――」 「かまわん。拭け」  きっぱりと言われ、私は申し訳なく受け取った。 「ありがとうございます」  毛利さんも、長襦袢一枚になってしまった。 (ごめんなさい)  反省しながら拭いていると、脚に、暖かさが燈った。 「ん?」  視線を下に移す。 大きな手のひらが、脚を握っている。 (……何しとんじゃああ!?) 心の中で絶叫した瞬間。 「脱げ」  頭が空っぽになった。 「……もう脱いだでしょ?」 「全部脱げ」  カアアと、全身が熱くなる。 「こんな時に、何言ってんの!?」 「こんな時だから言っているんだろうが」 「何考えてんのよ、最低!」 「は? 貴様こそ、何を考えている」 「ん?」  なにやら、話が噛みあわない気がする。 「脚が凍傷になりかけている」  真面目な声音で言って、「ほら」と、腰に手を置かれた。 「きゃ!」  驚いて叫ぶと、毛利さんも一瞬だけ驚いた顔をした。  私に似合わず、女の子みたいな、可愛い声が出てしまって、私は顔が真っ赤になった。  気恥ずかしくて、顔が見れないけど、どうせ能面か、バカにした顔なんだろう。  そう思っていると、頬に手が置かれて、上を向かされた。  毛利さんは意外なことに、心配そうな目をしていた。 「ほら、腰も頬もこんなに冷たいではないか」  こんな毛利さんを見るのは初めてだ。なんだか、ドキドキする。胸が苦しい。 「じゃあ、何もしないで下さいね」  声が震えるし、絶対顔は茹蛸みたいだ。  心臓がドキドキしすぎて、死にそう。 「期待しているなら、添ってやっても構わぬがな」  毛利さんは、からかうように声を上げた。 「してません! あなたは前科があるから言ってるんです! ――て、何やってんですか!?」    私は、仰天して、目が飛び出しそうだった。  なんと、毛利さんも脱ぎだしたんだ。  突っ込んでる間に、あっという間にパンツ残して、素っ裸になった。 「なん、なん、な――」  混乱しすぎて、言葉が出てこない。 「毛利さんは、凍傷じゃないでしょ!?」 「違うが、お前の凍傷を防がねばならんだろうが」 「それ、それで、なんで裸!?」  パニックになりそうな私に、毛利さんは鬱陶しそうな目線を送った。 「凍傷の治療は暖める事だ。だが、今は焚き火しかない」 「じゃあ、私焚き火で良いです!」  慌てて焚き火に向って足を投げ出す。火の粉が跳ねて脚に当たった。 「あっつい!」  わたわたと、火の子を払う。毛利さんが、深いため息をついた。 「ほら。だから言ったであろう。人肌で暖める以外にあるまい。お前に死なれると面倒だ」  抑揚無く言って、手を差し伸べる。 「分かったら、速く来い」  今度は、若干半ギレっぽかった。 「分かった。分かりましたよ!」  私は観念して、両手を上げた。  だって、バカみたいじゃん。  私だけ、あんなにドキドキして、恥ずかしがって。  そもそも、毛利さんは魔王目当てで、私に関しては眼中にないんだから。  キスしたのだって、屋敷のあれだって、全部、魔王のためだもん!    ああ、なんか考えたらムカついてきた。  この人と裸をくっつけ合わせてたって、なんも起こるわけが無いわよ。  あ、そう思うとなんか、安心してきた。 「あれ?」  さっきから、帯を解こうとしているのに全然解けない。 「あれ?」  手がぶるぶると震えて、言う事を聞かない。  寒さでっていうのもあるけど、なんだか、指が痛い。 「ほら、みろ」  抑揚のない声が呟いた。 「わ!」  腰を引かれると同時に、襦袢の紐がしゅるりと解かれた。  内側の紐も解かれ、肩があらわになった。  毛利さんのきれいな金色の瞳に見つめられて、途端に心臓がバクバクと高鳴りだす。  更に、腰を引かれて、抱きしめられた。  それと同時に、襦袢が地面に落ちたのが分かった。 「心臓が速いな」  意地悪で、優しい声音に、全身が熱くなる。  こんなに寒いのに、汗が噴出しそう。 (普段は能面なくせに、こんな時ばっかり、ずるい)  そのまま、ゆっくりと体を倒して、いつの間にか敷いてあった着物の上に寝転んだ。  毛利さんは、私の体が見えないようにしてくれたみたいだった。 「安心しろ。小娘に興味はない」  抑揚の無い声が振ってきて、途端にドキドキが一気に治まった。  毛利さんを仰ぎ見ると、相変わらずの能面だった。  ああ、そうですか。それは良かった。 (私のときめき返せ)  若干ムッとしつつ、安心した。  むしろ、安心感の方が強かった。  ほっとすると、人肌の温かさに気づく。  感覚がなくなりつつあった体に、じんわりと血が通いだしたような気がする。  密着しているのに、なんだか、もっと擦り寄りたくなってしまう。 (良い匂いだな……)  なんだか、安心する。 「……そういえば、最初のころも毛利さんに助けられましたね」 「ん?」 「ほら、ゴンゴドーラに追われてたとき」 「ああ」 「それに……ラングルから落ちそうになったときにも」  私は顔を上げた。  毛利さんを見据える。 「ありがとうございました」  にっこりと笑むと、突然目を塞がれた。 「わっ!」 「寝ろ」  抑揚の無い声が耳に届いたけど、目を塞がれる前に一瞬だけ見えた毛利さんは、照れていたような気がした。  見間違いかもしれないけど、私は何だか嬉しくなって、 「は~い!」  と、返事を返した。
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