一話・シャマールの王宮

3/6
9人が本棚に入れています
本棚に追加
/88ページ
 * * *  通された部屋は、さっきまで私が居た部屋だった。  すっかり暗くなった部屋にランプを灯して、使用人は出て行った。  部屋には、王と、柳くんと、私だけだ。  王は、バルコニーに繋がるアーチ状の枠に片方の肩を預けて、外を眺めた。  そして、おもむろに口を開く。 「数年前の事だ。ある男が、この国にやってきた」  遠くを見る目をして、王は思い起こすように語り始めた。 「男は、この王都に妙な……そうだな。結界と呼んで良いだろうか。ドーム状の結界を張り、都に住まう者を人質にとった。その者が言うには、都のいたるところに札を貼り付けてある。その呪符が起動すれば、王都は壊滅すると告げた。都に住まう者全員が、逃げるすべなく死ぬだろうと。そして同じ物を、怠輪の至る町にしかけたと、そう告げた。男は試しだと言って、この町のある一角を吹き飛ばした。幸い死者は出なかったが、怪我人は多く出てな。これらを解除して欲しくば、千葉と爛、そして、倭和に軍を出せときた」  王は私たちに向き直った。 「なるほどな。魔王を手に入れるためであったか」  私を見据えるシャルシャ王は、憤っているようで、それでいて、哀しい瞳をしていた。 「怠輪はこの件には関わらない。お前達はすぐに千葉に帰す」  撥ね付けるように言って、王はまた町へと目を向けた。 「一つ、質問いいですか?」  あっけらかんとした、場に相応しくない明るい声音が響いて、私はビックリして目を丸くした。その声の主は、柳くんだ。  彼は片手を挙げた。 「その男の目的は、倭和だったんですか?」  柳くんの質問に、王はどこかハッとした顔をした。 「……男は、陽動のために千葉と爛を攻撃しろと言った。手加減をすればバレかねないから、加減はするなと告げた。何が本当の目的だったのかは知らん。だが、狙っていたのは倭和だろう」  王は重い口で答えた。 「怠輪は兵器や兵術の多くを知られていませんよね。千葉や爛、特に爛に甚大じゃないレベルの被害が出される事は、予期してましたか?」  柳くんの口調は、決して責めている口調ではなかった。  淡々としていて、それでいて明朗な声音だった。  だけど、なんとなく罪悪感を感じてしまうのは、大戦時に無関係だった私だけではないと思う。  私は、シャルシャ王を窺うように見た。  けれど、王は私の予想に反して、毅然としていた。 「ああ。予期していた」  そう告げた声は、曇りのないものだった。 「では、倭和で自軍に相当な被害が出るのも覚悟してたってことですね? だから、二万あまりしか送らなかった。そっちが本命なのにも関わらず」  柳くんは相変わらず、悪意なく、明朗に質問した。  まるで、教科書の答えの確認をしているみたい。  王は、柳くんの質問にまた毅然と答えた。 「その通りだ」  そして、凛とした瞳でこう告げた。 「怠輪の王は、怠輪の民のためだけにある。例え、他国の者が多く死ぬ事になろうとも、怠輪の民が優先される」  王は毅然と言い放ち、使用人を呼んだ。  私達は使用人に促され、部屋を後にした。  その際見た王の背中は、もう話すことは無い。そう物語っていた気がする。
/88ページ

最初のコメントを投稿しよう!