11人が本棚に入れています
本棚に追加
* * *
「……どう?」
翌日、雪村は浮かない表情で病院の検査室から出てきたゆりに尋ねた。
リンゼとアンリは落ちた直後に、他の夜間勤務の者達が、大きな物音に気がついて発見されていた。
リンゼの脚と左腕はへし折れ、ネジ曲がり、見る影もなかった。
すぐさまゆりが呼ばれたのだが、ゆりが駆けつけて来た時にはもうリンゼの呼吸は止まっていた。即座に治癒能力を発動させたことによって、息は吹き返したが、依然昏睡状態であった。
一方でアンリも治癒能力で体の傷は治ったが、数時間経っても意識を戻さないため、病院へ運ばれていた。
「お医者さんの話では、いつ目覚めるか分からないって」
「そっか……アンリも昏睡状態なのか」
「うん」
落ち込んだ様子のゆりを励まそうと、雪村は声音を明るくした。
「でも、あんなとこから落ちたんだもんな。生きてるだけ奇跡だよ」
「そうかもね……」
「リンゼはさ、階段の最下部まで転がり落ちて行かないように、踏ん張ったみたいだぜ。爪がボロボロだったんだって。アンリを抱えたまま凄いよな。俺も、そんな風になりたいよ」
感心を込めて言って、雪村はゆりを見つめた。ゆりも目線を送って、二人は見つめ合う。雪村は手を伸ばして、ゆりの手を握った。
「ゆりちゃんのせいじゃないからさ。落ち込むなよ。二人が生きてるのは、ゆりちゃんの力なんだからさ」
「……普段は鈍いのに。なんでこんな時ばっかり鋭いの?」
涙ぐんだゆりに、照れた顔を向けて、雪村はゆりをおずおずと抱き寄せた。
「お、俺は、一応、彼氏だからさ。彼女のことは、分かるんだよ」
「……雪村くん」
ゆりは涙を拭いて顔を上げた。二人は静かに見つめ合う。
「良い雰囲気のところ、申し訳ありませんよ」
「わあ!」
「きゃあ!」
突然声をかけられて、小さく跳びはねながら二人は振り返った。すると正面に廉抹が立っていた。
「お二人が付き合われて、明日がちょうど一ヶ月記念日だというのに、こんな事になって残念ですね」
「お前なぁ……」
無表情で皮肉を述べた廉抹を、雪村はムッとして見返した。
廉抹はそれには構わずに、一本の巻物を差し出した。
「こちらを」
「ん?」
その巻物を受け取って、雪村は眉間にシワを寄せる。
「なんだよ、これ。リンゼ宛じゃんか」
巻物の題字を見て、雪村は巻物を廉抹に渡そうとしたが、廉抹は手を軽く上げて、それをやんわりと拒否した。
「伝使竜の塔の外に落ちていたのを、三条の者が見つけました。お読み下さい」
「読めって。リンゼに届いた書簡だろ?」
「決断なさるのは頭首です。自分はどちらでも構いません」
「……」
雪村は渋い顔をして巻物を開いた。
『倭和国から戯王へ書状来り。倭和国、国法審議により、時を要した非礼詫びる。ニジョウ、各主要人物を襲い、文化財大破せしめた事、事実なり』
途中まで読んで、雪村は顔を上げた。
「これって、ニジョウが裁判受けて時間食ってごめんってこと?」
「いいえ。おそらく、審議にかけられたのは風間様が金で釣ったお目付け役でしょうね。あそこの国は、そういうの厳しいので。ニジョウは今まで通り、多分倭和政府も手が出せないんじゃないですか。それで事実確認も遅れ、今頃になって書簡が届いたんでしょう」
「ふ~ん。なるほどな」
雪村は頷いて見せたが、話の半分は右から左に流れていった。雪村は再び、書簡に目を通した。
『これに、第三者の関与示唆――と改ざん。王に拝謁賜る。王、与し。我らが計画成る』
「なんだこれ? どういう意味だ?」
「ちょっと見せて」
首を捻る雪村から書簡を受け取って、ゆりはその内容を確かめた。
「これって、倭和から届いた手紙に手を加えて、嘘の情報を書いて、王に渡したってことですか?」
ゆりが尋ねると、廉抹は小さく頷いた。
ゆりは雪村に視線を移した。
「それで、王が味方になって、何かの計画が完成したってことなんじゃない?」
「おそらくは。そうでしょうね」
「何かの計画って、なんだよ?」
「……さあ? それは分からないけど」
ゆりと雪村が同時に首を捻った時、慌しく病院の廊下を駆けてくる男がいた。
彼の顔を見て、ゆりは、「あっ、あの時の、穴蔵の!」と指を指したが、当の本人はそれどころではなく、留火は叫ぶように声を張り上げた。
「進軍です!」
「は?」
ぽかんとした雪村に、留火は強張った顔を向けた。
「美章に、功歩軍が進攻したとの報せが入りました」
「え?」
「その中に、我ら一族の旗印があるとの報告が上がっております!」
「――なに?」
愕然として、揺らめくように立ち上がった雪村に、留火はなおも硬い表情で告げた。
「どうやら、我らがカラスの旗印の横に、風間様の風車の旗印があるようです。おそらく、進軍したのは風間様かと……」
「嘘でしょ……」
呟いたのはゆりだった。雪村は絶句しながら、焦点の合わない瞳で、どっとソファに座り込んだ。
「……なんだよ。何がどうなってんだよ」
「……ねえ、もしかして、風間さんの王からの命令って、この事じゃないよね?」
深刻な声色を出したゆりを、戸惑いから一瞥して、雪村は留火にすがるように訊ねた。
「なあ、お前はなんか知らない?」
「……申し訳ございません。私は何も――」
首を振る留火から視線を外して、廉抹の腕を掴んだ。
「なあ、お前ならなんか知ってるよな。廉抹?」
「……主。自分は何も」
(言えないんだよ)
廉抹は真っ直ぐに雪村の目を見据えた。僅かに鋭く光る、その瞳は呆れ果て、また、責めているように傍目から見ていたゆりには感じられたが、瞳を向けられた雪村は、何も感じず、ただただ、憤りをぶつけた。
「なんでお前が知らないんだよ! お前、執事補佐だろ!?」
「そのセリフは、そっくりそのままお前へ返るぞ。雪村!」
厳しい声音が飛び、振向くと、柱に軽く手をついて間空が立っていた。間空は哀しげに表情を崩して、自嘲の笑みを浮かべた。
「いや。私にも言える事か……お前に黙っていた私にも責任はある」
「なんだよそれ? どういう意味だ?」
怪訝な表情を向けた雪村を無視し、間空は雪村が持っていた書簡を取り上げた。
「あっ」
「うむ……やはりそうだったか」
間空は小さく唸り声を上げて、深刻な表情を浮かべる。そして、真剣な眼差しを雪村に向けた。
「よく聞け、雪村。――おそらく、風間は監禁されている」
「は!?」
雪村は、驚いて目を丸くした。
「監禁って、どういうことだよ?」
「今まで、確信はなかった。だが、この進軍の話で確信を得てしまった」
まるで自身に向けて呟くように出された答えは、到底答えとはいえない代物で、雪村は訝しんで首をひねった。
「よく分かんねえけど、だったら早く捜しに行こうぜ」
雪村は話しをあっさりと信じて、今にも駆け出して行きそうだった。それを、間空は眼力で止めた。
雪村はムッとして、眉を顰める。
「なんだよ。なんで行かないんだよ」
「もう捜索隊は出してある。三ヶ月前に、廉抹に話を聞いてすぐにな」
「……はあ? なんで俺に教えないんだよ? それって、もうずっと前に分かってたってことだよな?」
失望から、思わず声高になった雪村に、間空は深く頭を下げた。
「すまなかった。風間にお前を信じろと言っておきながら、話をするのが今の今まで遅れてしまった。まさか、よもや風間が拉致されるとは夢にも思っていなかったのだ」
「……なんだよそれ。頭首だ、頭首だって言うくせに、なんでそうやって肝心な事は言って来ないんだよ」
憤りを抱えて、雪村はどかっとソファに座りなおす。そこに、険のある声が飛んできた。
「貴方が元凶だからですよ」
振り返った雪村を、廉抹はどこか軽蔑の色を含む目つきで見やった。
「廉抹?」
不穏な空気を察し、雪村は硬い声音を出した。廉抹は覚悟を決めたような真剣な表情で、雪村を見かえし、きっぱりと言い放った。
「オヤジ様。自分は禁を破ります」
「廉抹。あの事なら、私が言う」
「いいえ。自分が言います。言わせて下さい」
強い瞳で廉抹は間空を見据えた。ほんの数秒間見詰め合って、間空は折れたのか、小さく頷いた。
「なんだよ、俺が元凶って」
戸惑う雪村を廉抹は眼光鋭く睨み付けた。
「戦時中の折、戯王は、雪村様、貴方に出陣せよと命令を下した」
「ああ」
「だが、貴方はそれを蹴った」
「当たり前だろ。俺は戦争なんかしたくない。誰かの国に侵略なんかしたくないんだよ」
「御立派ですね」
侮蔑するように言って、廉抹は小さく息を吐く。
「でも、貴方は気づいてますか? その裏で、風間様がどれだけ大変な思いをなさっていたか。貴方の代わりに、どれだけ人を殺したのか。再三の出陣依頼を貴方が蹴った事で、代わりに風間様や、当時頭首だったオヤジ様、結、他の三条の者がどれだけの成果を要求されたのか。留火、キミだって憶えはあるだろ?」
話を振られた留火は、気まずそうに顔を伏せた。
「わ、私の話はともかくとしましても、三条の者がこれまで以上の成果を上げなければならなかった事は事実です」
「そのせいで無茶をして、死んだ者も多くいたのですよ。雪村様、貴方は戦死した者達を慈しみ、哀しんでくれましたが、何故そうなったのか、微塵も考えようとなさらなかった。戦争をするから悪い――そんな風に思っていましたか?」
「……」
図星をさされて、雪村は押し黙った。
「自分達は戦闘民族なのですよ。貴方がどう思っていようが、世間じゃそう言われてる。だから、傭兵の仕事が来るんです。勘違いなさらないで下さい。功歩には仕事で来ているのですよ。我々は、功歩の民である事を許されたわけではないのです」
「でも、俺達は功歩に十五年も住んでて、戦争が終わってからは他の仕事をしてるじゃんか。俺にとっては、このクラプションは、功歩は、故郷だせ?」
廉抹は怒りで眉が跳ね上がった。だが、雪村の言う事は、廉抹にも理解は出来た。
雪村が功歩にやって来た時、彼は二歳児だった。以来ずっと、この功歩国ですごしていて、旅をした記憶も二度しかない。この十五年の間で生まれた三条の子も、同じ反応を示すだろう。
廉抹は内心で煮えたぎる怒りを抑えて、きっぱりと言い放つ。
「だったらなおの事、貴方は出陣すべきだった」
雪村は訳が分からず、怪訝な瞳を向けた。
「貴方が蹴った、三度目の出陣依頼。その場所を貴方はもう覚えてらっしゃらないでしょう」
「えっと……」
雪村は思考を巡らせたが、思い出せなかった。何故なら、依頼が来たその時、雪村はろくに話も聞かずに伝令を追い払ったからだ。
「その場所は、瞑、永に攻め込まれた町、ジョタク。まさに最前線です。貴方が功歩を故郷だとおっしゃるのなら、出陣してジョタクを守るべきだった。ジョタクがどうなったか、憶えていないでしょう?」
「……ごめん」
呟くように謝った雪村に、廉抹は明確に告げた。
「もう地図に、ジョタクの名はありません。ジョタクの民は、その殆どが死に絶えました」
「……!」
ショックで数秒、呼吸を止めざるを得なかった雪村を、廉抹は憤った瞳で見る。
「それまでは、雪村様が蹴った場所を三条の者がフォローして回っていましたが、ジョタクの件には、三条の者でも手が回らなかったのです。当たり前ですよね。当時、たかだか二百人ですよ」
皮肉って、廉抹は腕を組んだ。
「これに王が怒らないわけがない。当時、オヤジ様も相当に怒っておいでだった」
「そうなのか?」
雪村は空ろな瞳で間空を見た。間空は僅かに頷く。
「王がお前の首を刎ねろと言ったら、庇いきるつもりはなかった」
「……そっか。当然だよな」
雪村は哀しげに笑んで、俯いた。
間空は、当時は相当に頭に血が上っていたし、雪村をぶん殴りに戦地から戻ろうと思ったくらい、心底雪村という人間に呆れた。
反抗した雪村を下手に庇えば、一族皆の命に関わる事態に陥る危険もあった。だから、間空は一時期雪村の処刑を覚悟した事がある。
だが、それもその一時だけだ。
間空は元々身内には甘く、身内に対してだけ愛情豊かな人間であったので、一族は皆家族という認識だった。間空がオヤジと呼ぶように言うのも、そういう理由からだった。
特に、馬鹿な子ほど可愛いというもので、どんなに雪村が一族に真剣に向き合わなくとも、多大なる失敗をしても、怒鳴りこそすれ、結局は見捨てずにいてしまう。
風間に以前言った、雪村を突き放してみろというセリフは、自身に向けて言った言葉でもあったのだ。
「王は怒り狂い、雪村様、貴方を処刑しろと言ったのですよ。ですが、王の怒りを静めて見せた人物が居たのです」
廉抹は尊敬するように、噛み締めながらその名を口にした。
「風間様です。風間様は、敵大将二人を討ち、それを手土産に王に嘆願に赴いたのです。ですが、そこで、風間様はあるものを手放さなければならくなったのですよ」
「何を?」
遠慮がちに尋ねた雪村に、廉抹は口惜しそうな瞳を向けた。
「永住権ですよ」
「永住……」
呟いたのは雪村ではない。留火だった。留火はよろけながら、一歩前に踏み出し、諦めたように、壁に背を預けた。
そんな留火を廉抹は一瞥して、視線を雪村に戻した。
「あの大戦の折、三条一族はその戦績を評価され、あと一歩で、功歩の民として迎えられるところだったのですよ」
「え?」
「風間様がそう持っていって下さっていたのです。王に取り入り、戦績を上げることによって、永住権を手に入れようとなさっていて下さった。その努力を、貴方は無に帰したわけですよ」
責めるように言った廉抹に、もう少し言い方があるだろうと、間空も、またゆりも思ったがそれを口に出す気はなかった。
間空は功歩に就く前、旅をしていた頃の一族の境遇も、願いも、廉抹の思いも知っていたし、雪村には厳しく、突き放す事も必要だとも思ったからだ。
ゆりは、間空とは少し違った。一族でない自分が口を挟んで良い問題だとも思わなかったし、間空に以前に聞いた事を思い出したからだ。
間空の父も母も、三条一族の多くが、安住の地を望んでいたと――。
ゆりはちらりと留火を見た。留火は茫然と目を伏せ、地面を見つめている。
(きっと留火さんの、風間さんの、間空さんの、もしかしたら結も、昔からの夢だったのかも知れない)
それが、今一歩で潰えてしまった。そう思うと、胸が苦しくて、ゆりは口を挟む事が出来なかった。
(でも、雪村くんが敵国の人間でも人を殺したくないって言うのはすごく分かるよ)
雪村の気持ちは、ゆりにはひどく真っ当なものに思えた。
「俺が……」
二の句が告げない雪村に、廉抹はなおも冷たく突き放すように言った。
「王が嘆願と手柄だけで許すと思いますか? 約束を破棄しただけでは、王の怒りは治まらず、風間様はある提案をしたのです。我らが一族が、間者となって列国に赴くことを」
「今の仕事って……そうなのか?」
どういう経緯で間者になったのか、雪村は知らなかった。
これまで興味もなかったし、誰もどうしてそうなったのか言っては来なかった。
ある日突然、当時頭首だった間空がそう宣言したので、深くは考えなかったのだ。雪村だけではない。三条の殆どの者が、そういう仕事が入ってきたのか――と、その程度の認識でいた。もちろん留火も。
「風間様がこの申し出をしなければ、雪村様の首は刎ねられ、自分達は国外追放となっていたでしょう。悪くすれば、自分達の命すらなかったかも知れません」
初めて経緯を聞いた留火は、紺色の瞳に涙を滲ませた。
「風間様、どれほど悔しかったでしょうね。私達の悲願が叶う手前で反古になり、その上、命を軽く見られる仕事に就く事を志願するなど」
「俺……全然、知らなかった」
呆然と呟いた雪村に、廉抹は呆れた瞳を投げた。
「本来、知らなかったじゃ済まないんですがね」
「そう言うな、廉抹。言わなかった私や、伝えたがらなかった風間にも責はある」
風間は、事の真相を誰にも伝えたがらなかった。
他の誰よりも風間にとって、雪村は大切な存在だった。その彼がこの事を知ったら、ひどく落ち込むに決まっているし、そんな事が広まっては、当時次期頭首だった雪村の面子を潰しかねない。本人は面子など気にしないだろうが、雪村への一族の求心力が無くなる事を危惧したのだ。
だが、報告すべき上司である間空には言うより他なかった。
そして、廉抹に至っては別の理由があった。
廉抹は、竜王機関の人間だった。正確には、三条一族の者であったが、竜王機関の人間が廉抹に接触し、『三条一族の歴史を記さないか』と、廉抹をスカウトしたのだ。
一族の者以外が交じる事を許さない三条に、竜王機関が潜入するのは不可能だったのだ。そこで、竜王機関は三条の誰かを竜王機関に属する事に作戦を変更した。
話を持ちかけられた廉抹は、その話にひどく惹かれた。と言うのも、彼は三条が受けてきた迫害の歴史を誰かに伝えたいと思っていたからだ。
一族は、功歩に居つく前、世界中を転々としていた。
戦争を生業とせねばならず、傷つき、死んだ仲間もたくさんいた。
旅は続けていかなければならないものともなれば、途端に過酷なものへと変貌する。旅の途中で病にかかり、命を落とす者もいた。
何より辛いのは、旅の途中立ち寄った村や町、そして招かれて行った国々で、冷たい視線を向けられる事だった。
中には尊敬の眼差しで見てくる者もいたが、殆どの者は恐れ、野蛮な獣を見るように、冷ややかな目つきで彼らを見た。
あの瞳を見ていると、自分は人間ではないのかと思えてくる。同じ人間なのにと、三条の殆どの者が嘆いた事があった。
その過酷な日常を、廉抹は一族以外の誰かに知って欲しかった。
その想いから、廉抹は竜王機関に属することを決めた。
まず、当時頭首であった間空に相談し、当時どちらが執事になるかで競っていた風間を招いて報告した。
間空は喜んでいたが、風間は少し渋った。
それは、その時もうすでに風間が雪村と共に、間空から魔王や魔竜の存在を聞いていたからだ。
それらの存在が外部に洩れる事を恐れたのだ。だが、廉抹も竜王機関も魔竜の操り方に関しては、一切外部には洩らさないと誓ったので、賛成する事に決めた。
廉抹は、竜王機関に属すことにより、三条の決断、特に歴史的な決断において口を出す事を禁じられた。竜王機関は、歴史に直接関わってはいけないからだ。
廉抹が風間よりも実力が上なのに、立場が逆で、上に従うのが常識の三条の中でも、特に自分の意見は言わないイエスマンなのには、そういう理由があったのだ。
「でも、雪村様が蹴ったから永住権が無くなった事と、今回の風間様の件と、どう関係があるのですか?」
眉根を寄せながら、不思議そうに留火は尋ねた。
答えたのは間空だった。
「問題なのは永住権が無くなった事ではない。王の機嫌を損ね、王の根底に不信感を抱かせてしまったことだ」
「不信感?」
訊きかえしたのはゆりだった。間空は軽く瞳を閉じて頷いた。
「ああ。そこを、或屡に利用されたのだ」
「或屡って、サキョウの領主ですよね?」
そう尋ねたのは留火だ。
ゆりは、どこかで聞いた名だと頭を捻る。一方で雪村は泣き出しそうな心を抑えて、話を洩らさずに聞こうとしていた。
「そうだ。彼は昔から自身が返り咲く日を虎視眈々と狙っていてな。この話を知った或屡はその日から我らを潰しにかかってきていたのだよ」
「どうしてですか?」
怪訝に尋ねたゆりを、間空は一瞥した。
「我らの不正をでっち上げるか、そう見える証拠を揃えて、手柄を得、王に気に入られ、引き立ててもらおうという作戦だろう」
間空は腕を組んで、一つ息を吐く。
「我らもそれを知って、作戦を立てた。一つは、或屡より先に或屡の不正を集め、その立場から引き摺り下ろす事。王は不軌を嫌うからな。もう一つは、それが間に合わなかった場合、魔竜を目覚めさせ、我らが国を創ろうというものだ。もし先手を打たれれば、あの王の事だ。我らは国を追われるだけでは済まないかも知れないからな」
「でも、風間様が拉致されてしまったと言う事は――」
留火はその先を言う事が憚られて、口をつぐんだ。
「その通りだ。どうやら或屡に先手を取られたらしい。風間をどうやって拉致したのかは知らないが、我らより先に王を動かすだけの何かを手に入れた事だけは明白だ。そうでなければ、此度の進軍はありえんからな」
「でもさ、本当に王の命令で進軍したって事はないのか?」
遠慮がちに反論した雪村を、間空は深刻な表情で見返した。
「そうであるなら、良いのだがな……」
言葉を濁した間空を、皆が一様に神妙な面持ちで見返した。
「だが、あと一月で或屡を蹴落とす計画を実行に移そうとしていた矢先に、私に何も告げずに行くというのが、如何せん納得がいかない。やはり、それは不自然なのだ。或屡に、もしくは王によって監禁されていると見た方が、私には自然で納得が行く。もしも本当にそうであった場合、この進軍は早々に撤退するだろう。そして、その時」
間空はいったん言葉を区切った。悲痛に眉を歪ませる。
「――おそらく、風間は処刑される」
最初のコメントを投稿しよう!