一話~竜狩師。

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 * * *  セシルの家へ戻ったゆりは、雪村の部屋を訪ねた。  ゆりと結はセシルの部屋で寝かせてもらい、雪村は客間で寝ることになった。  ゆりがノックをし、戸を開けると雪村は驚いて顔を赤らめたが、ゆりは大して気にもせずに部屋へと足を踏み入れた。 「ど、どうしたの?」 「うん。これからのことを話しておきたいと思って」 「これからのこと?」 「うん。私達どこに行けば良いのかなって」 「ああ。そのことか」  雪村はあっけらかんと言って、手を頭の後ろで組んだが、ゆりは若干ムッとした表情をした。 「そのことかって、何? 私達功歩にいるんだよ? みんなとも離れちゃったし……ニジョウとか言う人達だって、襲ってくるかも知れないんだよ?」 「ああ、うん。ごめん、ごめん」  雪村は失言に気づいて、手を合わせて謝った。 「二条のことは、多分気にしなくて良いと思うよ」 「どうして?」 「国が違えば、そう簡単に手出しは出来ないんじゃないか。それに俺達は各国に散らばったみたいだし、どこに飛ばされたかなんて、やつらには知りようもないよ。元々閉鎖的な連中らしいから、村の外に情報源なんて持ってるはずないしな」  珍しく真面目な様子の雪村に、ゆりは少し驚いた。 「何か、変なの」 「何が?」 「頼りなくて、へタレなのが雪村くんなのかと思ってた。真剣な顔もするんだね」 「ひっでー! そんな風に思ってたの? 谷中さんって結構言うよなぁ」 「そういえば……そうだね。雪村くんくらいかも。こんなに言えるの」 「えっ」 「やっぱり、友達って良いよね」 「……友達」  期待に揺れた雪村の瞳が、一瞬で奈落の底へと墜落して行ったが、ゆりは少しも気づいた様子はない。雪村は密かに落胆した。 「そういえばさ、二条って、三条の分派ってほんと?」 「結か」  雪村は特に責めるようでもなく、ぽそっと呟いて続ける。 「本当らしいよ。でも、大分昔に分かれたから、もう関係ないっちゃないと思うんだ、俺は」 「思想とかも違うって?」 「うん、らしいね。二条は魔王反対派、三条は賛成派。そんなとこじゃない?」 「雪村くんも良く知らないの?」 「うん……。つーか、オヤジに昔聞いたんだけど、あんま覚えてないんだよなぁ。風間なら多分憶えてるよ」 「そうなんだ」 「うん。そう」  ゆりは短く息をついた。 「これからどうしようか? 倭和に戻った方が良いのかな?」 「う~ん。止めた方が良いと思う」 「どうして?」 「戻ってどうするの?」 「え?」  雪村の核心めいた問い掛けに、ゆりはギクリとした。 「戻っても屋敷はないし、そもそも風間の話によれば、あそこは同盟条約の会議の場として、一時的に秘密裏に借りたんだってさ。あそこって一応、倭和の文化遺産になってるんだって」 「そうなの?」  ゆりが驚いて見据えたので、雪村は一瞬はにかんだように笑う。 「結界が元々張られてたから、結界師や呪術師とか、あと、そうだなぁ……。優秀な千里眼の能力者とかぐらいしか、外から屋敷を見る事も、認識する事も出来ないんだけどな」  それを聞いて、ゆりはある事を思い出した。それは、ゴンゴドーラに襲われて、倭和の屋敷に帰る際に、風間に『やはり貴女は見えるのですね』と言われたことだった。  あれは、そういう意味だったのだ。 「でも、それなのに文化遺産なの? なんか、発見される事すら困難みたいだけど」  ゆりは訝しがって首を捻る。 「五十年か百年か……まあ、忘れちゃったけど、大分前に学者が発見したんだよ。何の能力者だったのかは知んねえけど」 「大分アバウトだね」  ゆりは頬を引きつらせて苦笑したが、雪村は褒められたと勘違いして照れながら頭を掻いた。 「まあ、元々二条がヤバイ連中ってこともあって、一般人が入らないように制限をかけるって意味もあったんだろうけどな」 「ヤバイって、どんな風に?」 「なんか、自分の領地に入る奴らに躊躇なく攻撃を仕掛けてくるんだってさ。倭和政府の言う事もきかないから危険視されてるんだって。あと、二条の集落にある洞窟には伝説の魔竜が眠ってるらしいよ」 「伝説の魔竜?」 「うん。まあ、本当かどうかは知らないし、あんま興味もないけどな」  軽く言って茶目っ気を帯びて笑う雪村の様子から、ゆりもその話は噂話なんだろうと納得し、軽く息をついてベッドの上に腰を下ろした。  途端に雪村は気まずそうに俯いたが、ゆりは気に止めずに、真剣な眼差しで雪村を見据えた。 「でもさ、結局魔王ってなんなんだろうね」 「え?」 「エネルギーの塊って謂われてるって言ってたけど、それってなんだろうって思って」 「ああ」  雪村はあっけらかんと声を上げ、頷く。 「確か、魂の塊とかって言ってたかな」 「は?」  呆気に取られてぽかんとしたゆりに、雪村はきょとんとした表情を返した。 「なにそれ、どういうこと?」  ゆりの声音は愕然と同時に怒りが含まれていた。  本来なら、自分の中に別の魂があるなど、薄気味悪く、嫌悪するところだろうが、雪村の言い方があまりにもデリカシーに欠け、しかもそれを自覚していないだろう表情に、思いがけずゆりは苛立った。 「え……と」  雪村は何故ゆりの機嫌が悪くなったのか分からず、気まずそうに苦笑して言葉に詰まらせた。 「説明してよ!」  ゆりが語調を強くして詰め寄ると、雪村は少し頬を染めながらのけぞった。 (顔、顔が近い!)  雪村は挙動不審に瞳を泳がせる。視界いっぱいにゆりの顔や体が映り、どこを見たら良いのか分からない。 「ねえ!」  更にゆりが詰め寄ると、雪村は思わず立ち上がった。 「だ、だから、俺も良く分かんないんだって! 俺がその話を聞いた時は八歳のガキだったんだからさ!」  それも本音であったが、心臓がバクバクと高鳴り、頭がのぼせた状態で、思い出そうとしても思い出せなかった。  そんな事情を露ほどにも知らないゆりは、真っ赤にした顔を隠すため顔を背けている雪村の背を胡乱気に見つめた。 「じゃあ、なんであの屋敷にいたの?」  魔王を手にしたいという理由で集まった面々の中にいたのだ。風間にくっついてきただけだとしても、それなりの理由があるはずだ。 「だから、泉で話したじゃん。俺は風間に言われて行ったんだってば」 「だからなんて言われたのって聞いてるの!」  ゆりは若干語句をきつくした。  振り返った雪村は、たじろぎながら答える。 「魔王の器を呼び出すのに力のあるやつが必要だからって。あと、呪符を描いて、花野井さんたちが入れるように結界を改造して欲しいって。風間は一族のためだって言ってたけど、詳しくは聞いてないし……。恋に落としてどうこうっていうのも、現場行って知ったんだし」 「本当?」 「ほんとだって! 谷中さんに嘘なんてつかないよ!」  必死な様子で身を乗り出した雪村を、ゆりはわざと胡乱気な瞳で見た。  雪村はわたわたと狼狽する。 (まあ、単純そうな雪村くんが嘘なんかつかないか。嘘下手そうだし)  結局ゆりは納得した。 「じゃあ、これからのことだけど。どうしようか?」 「え、うん……」  雪村はバクバクと鳴る心臓を黙らせるように、トンと胸を叩いた。 「じゃ、じゃあさ。――二人でどっか逃げちゃおうか?」 「え?」  雪村の青い瞳がゆりを見据え、また高鳴り出した心臓を表すかのように、僅かに瞳が揺れた。  雪村にしてみれば、それは精一杯のアピールだった。  それを感じ取ったのか、ゆりには、その瞳が熱視線のように感じられた。  思いがけず心音が跳ね上がる――そこに、険のある声が降って来た。 「そんなの、ダメ!」  二人は驚いて、声のした天井を見上げると、結が天井の壁に張り付くようにして踏ん張っていた。  結はベッドの脇に静かに降り立った。 「風間さまに、怒られる」  結はムスッとした表情で二人を睨んだ。 「逃げる、ダメ。主、帰る――イイな?」 「……はいはい。分かったよ」  雪村は、両手を挙げて降参するポーズを取った。 「ねえ、帰るってどこに帰るの?」  ゆりの質問に、雪村はどこか渋い表情で答えた。 「功歩の都市――クラプション」
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