第二話・盗賊。

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 * * * 「へえ。じゃあ、セシルも一緒に旅するんだな」  席に着いた雪村は嬉しそうに言って、出された茶褐色の飲み物を口に含んだ。  セシルはポットを片手に持ちながら、苦笑した。 「あなた達が良かったらだけどね」 「そりゃ良いに決まってるだろ! 楽しみだな。なあ、結。谷中さん!」  嬉々として話を振った雪村だったが、振られた結はそっぽを向き、ゆりは少しだけ苦々しい表情でカップに口をつけた。 「え? あれ?」 「私も楽しみですよ、セシルさん。――ところで、この飲み物なんですか?」  不思議そうに首を傾げた雪村を尻目に、ゆりは軽く話題を変えた。  セシルが注いでくれた飲み物はコーヒーに良く似ていたが、少しだけ麦の味がした。 「アルタイルっていうの」 「アルタイル……なんか星座みたいな名前ですね」 「そうよ。星座の名前からとられたの」 「へえ……」  軽く頷いて、ゆりはアルタイルを見つめた。  アルタイルの茶褐色の水面には、歪んだゆりの顔が映って、なんとなしにゆりは不安になった。  盗賊が出ると言われた道中のこと、功歩という国、そして何より、自分は家族のもとに無事に帰れるのだろうか……拠点を失い、自分を召還した者達ともはぐれ、命の危機に遭って、これからどうなるのだろう。  ゆりはそんな不安を呑み込むように、アルタイルを飲み干した。 「じゃあ、朝食が終わったら出立で良いわね?」 「おう!」 「あ、はい」 「――ふん!」  セシルが音頭をとるように言って、それぞれが返事を返すと、玄関のドアが開いて屈強な男が入ってきた。 「お父さん、どうだった?」  セシルが駆け寄ると、ジゼルは持っていた皮の袋をセシルに手渡して、満足げに笑みを浮かべた。 「今回の宝石竜は、思った通りだったぞ」 「すごい。いっぱい入ってるわね。しかも、質も良いじゃない」  セシルは開いたドアから射した陽光に、宝石を翳した。 「ゆりも見てみる?」  促されたゆりは席を立って玄関に向った。  ひんやりとした空気が外から入ってきたが、昇ったばかりの朝日はほんのりと暖かい。 「ほら」  その光にセシルは宝石を翳し、ゆりに覗くように促した。  オレンジ色の宝石は日に透け、宝石の内部がキラキラと輝いていた。  まるで星空のように、小さな光が幾つも輝き反射し合っている。 「わあ、キレイ!」 「でしょ? こういう風になるのは、良い石なのよ」  セシルは胸を張って、宝石を皮の袋に戻した。 「さあ、お父さんも帰ってきたし、ご飯食べちゃいましょ」 「はい」  セシルはゆりの背を軽く押して、テーブルへ戻った。  ゆりは改めてテーブルに並んだ朝食を見つめた。  朝食は、豚竜と呼ばれるドラゴンの卵の目玉焼き、焼きたてのライ麦パンのようなパンに、ポトフのようなスープだった。 「いただきます」  席についたゆりは、まずポトフのようなスープから飲んでみた。  スープは塩味のみだったが、野菜から旨味が出ているのか、ほんのりと甘い。続いてフォークを向けたのは、目玉焼きだ。目玉焼きは、黄身の主張が強く、大味な感じがした。  パンは焼きたてなので柔らかかったが、冷え始めた部分は硬くなっていたので、完全に冷めてしまうと硬くなってしまうだろう。  功歩国の料理は日本食に近い感じではなく、フランス料理に近いらしい。  昨夜の食事にもブールと、ジュレのような物が出ていた。 「ごちそうさまでした」  ゆりが手を合わせると、セシルはきょとんとした瞳を向けた。 「それって、爛の作法なの?」 「え? あっ、いや……!」 「だから、ゆんちゃんは違う世界から来た、言ってるだろ。理解力のないオンナだ」  呆れるように言った結に、セシルは初めてムッとした表情を向けた。 「そう。それならそれで良いわ」  怒ったように言って、セシルは自分の皿を持ってキッチンへと向った。  その後を追うように苦笑を浮かべて、ジゼルも皿を持って席を立った。 「なあ、何かあったの、あの二人?」 「……雪村くんのことで、ちょっとね」 「俺!?」  耳打ちした雪村にゆりは意地悪な口調で返した。鳩が豆鉄砲を食らったような表情の雪村を置いて、ゆりは結の隣へ移動する。 「結。今のは、あんまり良くないんじゃないかな?」 「本当の事だ。結、嘘ついてないぞ」 「それはそうだけど。お世話になった人に対して、言う言い草じゃなかったんじゃない?」 「……」 「そうだぞ。結。風間もいつも言ってるだろ。三条家たるもの礼儀正しくしなさい! ってな」  とってつけたように説教した雪村に、腑に落ちない表情で結は軽く頷いた。 「……はい」 「戻ってきたらセシルに謝れよ」  雪村はそう言ったが、キッチンから戻ってきたセシルは怒った様子もなく、何事もなかったように、「さて、行きましょうか」と笑ったので、結は謝る機会を見失って戸惑っていた。それを見て、ゆりはなんとなく結を不憫に思うのと同時に、セシルは大人だなぁと、心底感心してしまった。
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