三話~残影

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三話~残影

 セシルが目を覚ましたのは、それから間もなくしてからだった。 「……った!」  脳内では攻撃を受けた直後だったためだろうか。当然痛いという思いこみがあって、セシルは置きぬけに苦痛を口走った。だが、ふと我に返ってまったく痛みがない事に驚いた。  首を傾げるセシルに、ゆりは微笑みかける。 「良かった。どこか痛くないですか?」 「……うん、どこも」  状況が上手く呑み込めないようで、セシルはきょとんとした瞳を向けた。  そこに、ヤーセルがにやりと口の端を上げて茶々を入れてきた。 「そこのお嬢ちゃんがオマエさんを助けたのさ。とんでもない治癒能力者もいたもんだぜ。なあ、嬢ちゃん、俺の女(コレ)になれよ。治癒能力者なんて珍しいからなぁ。衣食住で苦労はさせないぜ。もちろん、夜のほうも毎晩飽きさせな――」 「ヤーセルお座り!」 「――うがっ!」  セシルの鶴の一声で、ヤーセルは膝を曲げて座り込んだ。 「ちくしょう……! あの女(アマ)ァ!」 「ヤーセル、『わん』」 「わん! ……くっそっ!」  悔しさに顔を歪めるヤーセルに、セシルは得意げに笑んでから、呆れたように息をついた。 「まったく。これから死刑になるやつが、何戯れ言ほざいてるのよ」 「死刑なんですか?」 「そうよ。盗賊、しかもその頭だもの。当然よ」  少しだけ驚いたゆりに、セシルはしたり顔を向けたが、ヤーセルがそれを一笑に付した。 「……ハッ! わかってねぇなァ。お嬢ちゃん達は!」 「なにがよ?」 「なにが? その時点でもうわかってねえって話なんだよ。俺達、特に俺はな、捕まってもすぐに出られるんだよ」 「……?」  嫌悪と怪訝がない交ぜになったように眉を顰めたセシルを、ヤーセルは鼻で笑った。 「俺達みたいな連中が、役人のクズどもと繋がってねぇわけねえだろ」 「例え繋がっていたとしても、これだけのことをしでかしておいて、それで釈放なんてされるわけがないし、役人だってアンタ達が捕まった時点で見放すわよ。自分の首だって危ないんだから、疑われるような真似するはずないわ」 「そうかもな。だが、今回は部下どもの殆どが村を襲う前に捕縛されてんだろ? 村を襲ってもいねぇのに、逮捕なんてされるわけねえだろ。盗賊団だって証もねえんだしな」 「……へえ。じゃあ、部下が助かるなら自分はどうなっても良いってわけね? 大した心意気じゃないの」  皮肉まじりにセシルは言ったが、ヤーセルは更に嘲笑した。 「だから、俺は捕まっても平気なんだっつーの」  ヤーセルの自信から、おそらく上の方の官吏と密約でもあるのだろう。 「そう。分かったわ」  ぽつりと言って、ヤーセルの赤茶の瞳を強く見据えた。 「ヤーセル、盗賊団を今すぐに解散しなさい。そして、私と共に来るの。良いわね」 「はあ!?」  目を丸くしたヤーセルは、その驚きに満ちた声音とは反対に跪いた。  セシルはそれをろくに見ずに、ゼアを振り返った。 「あなたもよ、ゼア。良いわね」  ゼアは特に何も言わず、驚いた様子もなく、跪いた。  もしかしたら、よく理解していなかったのかも知れない。 「ヤーセル、ゼア。今日から二人は、この竜狩師――セシルの下僕よ」  セシルの声は嘲りでもなく、得意気でもなく、凛として響いた。  * * *  警察(サッカン)は数時間遅れでやってきた。  盗賊団に逃げる時間を与えたかのような到着の遅さに、どうやら、ヤーセルが言っていた事は本当だったみたいだと、ゆりは残念に思った。  警察が来る前に、襲われた村人の怪我の手当てをしたり、死体を埋めるために外に運び出すのを手伝った。そのさいに宿屋の女主人、マリンの遺体を発見した。  遺体は胸から腹を大きく切りつけられていて、目を見開きながら亡くなっていた。  村の自警団の男が、マリン婆の目を閉じてやっているのを見て、ゆりはなんとも言えない気持ちになった。  マリン婆を殺したのは、おそらくヤーセルとゼアだろう。  村を襲った盗賊団は捕まるとしても、村を襲う前だった盗賊団は無罪放免で解散され、自由の身となり、ヤーセルとゼアはセシルの下で生きることになる。  そんなのは、なんとなくおかしいような気がした。  やはり、悪事を働いてきたのだから、それなりの法による罰は負うべきなのではないのか。  ゆりは憤りを抱えてセシルを窺い見た。 『大丈夫なんですか!?』  ゆりは、セシルがヤーセルとゼアを下僕にすると言ったとき、そう尋ねた。  セシルは自分の言霊能力は、やろうと思えば自分の命令以外きかない廃人のような状態にする事が出来るのだと語った。  しばらく二人を近くに置き、どうしても反省も償いもしないようなら、そうやって一生を終えさせる、とゆりに毅然と告げた。  ゆりにもセシルの言いたい事は分かった。  刑事罰が課せられないのならば、私刑に及ぶしかないのだという事なのだろう。  この世界では盗賊に襲撃される事などはままあることなのだという事も、ゆりは村人の反応や話を聞いて理解したが、やはりやりきれないものがあった。  ゆりは、マリン婆の手をそっと握った。  一言二言、話しただけだったが、人の良さそうな笑顔が思い出されて、ゆりは密かに涙を流した。  誰に見られても良かったのかも知れないが、ゆりは涙を隠すように、しゃがんでいた膝に肘をついて顔を隠した。  たぶんそれは、罪悪感のようなものだったのかも知れない。
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