第四話・ユルーフ町

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 * * *  丘を下ると、町への門が開かれていた。  その門の前には、燃えるような紅蓮色の甲冑を身につけている憲兵が二人立っており、門の横には、同じ甲冑を身に着けた憲兵が台の前に座っていた。  今までの町村では見かけない光景に、ゆりはきょとんとしてしまった。 「どうする? 私ので出しとく? 面倒でしょ」  突然セシルに訊かれて、ゆりは目をぱちくりとさせた。 「えっと?」  ゆりが首を傾げていると、雪村が代わりに返事を返す。 「そうしてくれ。助かる」 「分かったわ」  セシルは軽く頷いて、目線を前に移した。  いったいなんなのかゆりが尋ねる前に、喰鳥竜は門の前へとやってきた。 「入国証(ゲビナ)を!」  憲兵は一斉にギロリとした鋭い目つきで一行を睨みつける。 (――怖っ!)  反射的に引きつり笑いを返したゆりの隣で、セシルは手毬くらいの大きさの、丸く平たい木の板を憲兵に差し出した。 「うむ……お前、竜狩師か」 「ええ。そうよ」 「この者達もか?」 「ええ。仲間よ。ちなみに後ろから走ってくる、あの二人もそうよ」  セシルは振り返って、ヤーセルとゼアを指差すとにこやかに笑んだ。  憲兵は覗き込むように二人を確認し、そうかと一言呟いてセシルに視線を移した。 「今日は何を売りに来たんだ?」 「宝石よ」 「宝石竜のか? そいつはすごいな!」 「でしょ」  セシルは誇るように胸を張った。 「よし、通って良い」 「ありがとう」  セシルが礼を言うと、喰鳥竜は町に足を踏み出した。  ユルーフの町は、ディング町のように統一された建物が円形に並んでいるわけではなく、大きく開かれた道に左右に石造りの建物が並んでいた。  大通りの先に、広場があり、大きな時計塔が立っていた。  その左側の奥に、城の様な建物が見える。  ゆり達は喰鳥竜を降りて、門に入ってすぐにあった、竜の形の彫り物がされた看板の店へ向った。  町や国によって看板の枠組みや看板自体が違ったりもするが、竜の形の看板(しるし)は預屋と足運屋を意味していた。 「ねえ、さっきのって何?」  ゆりは歩きながら、こそっと雪村に尋ねると、雪村はきょとんとしながら鸚鵡返した。 「さっきのって?」 「えっと、入国証とかいうやつとか、セシルさんが言ってた面倒とか」 「ああ」  雪村は軽く顎を引く。眉間にシワを寄せ、若干難しそうな表情をした。 「入国証は、大きい町――城塞都市とか、国境を越える時とかに必要になるんだよな。セシルが面倒って言ったのは、多分個別で出すと時間を食うし、盗賊の二人は持ってないだろうと思ったんだろ」 「どうして?」 「え~と……盗賊は、持ってない奴が多いんだよ。入国証は、産まれた時に届出を出すと貰えるんだ。盗賊とか山賊とか、海賊とかは、そこで産まれても出さないのが普通だからな」 「へえ……」 「セシルは竜狩師だから渡歩なんだ」 (――渡歩)  ゆりは聞いたことのある言葉に耳を傾けた。 「渡歩は、丸い平たい木の板に、一座や一族の名が刻まれているのを、まあ、殆どが族長が持ってて、他の者は持たない。個人に発行されるんじゃなくて、一族一座に発行されるんだな」 「そうなんだ」 「三条もそうなんだよ」 「ヤーセルが言ってたね」 「ああ。それはちょっと別の意味だな」  雪村はどことなく困ったように笑った。 「渡歩は元々、渡り歩く者と言われてて、国を持たない者の意味なんだよ。竜狩師や旅芸人なんかがそうだな。セシル達は居ついて長いみたいだけど」 「どうして分かるの?」 「容姿だよ」 「ああ、そっか」  ゆりが頷くと、雪村はある事に気づいて声を上げた。 「ああ、竜王機関もそれに入るのかもな」 「竜王機関?」 「本当のところどうなってるのかは分からないんだけど、秘密組織って噂の組織だよ。歴史を正確に記す事だけに全てをかけるような風変わりな集団だってさ。ただ、あくまで都市伝説みたいな連中だって世間一般では思われてるな。俺も風間に聞くまではそう思ってたし」 「へえ……そんなのがあるんだね」 「みたいだな」  雪村は軽く頷いた。 「まあ、とにかく渡歩ってのはそういう連中を指す意味で本来は使われてたんだけど、徐々にもう一つ、三条一族そのものをさす言葉にもなったんだよな」 「三条一族って何者なの?」 「……いやあ……まあ、それを俺から言うのもなぁ……セシルかヤーセルにでも聞いてよ」  雪村は苦笑して駆け出した。 「あ、ちょっと!」  引き止めたゆりに、一瞬だけ振り返って申し訳なさそうに笑った後、雪村は前を歩いていたセシル達に合流した。  ゆりは不満げに一足早く預屋の門を叩いた雪村を見つめ、その後を小走りで追った。
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