五話~クラプション

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五話~クラプション

 ゆりは荷台の風除け布から景色を覗いた。  高い岩山が目の前に迫るように聳え立ち、山頂が微かに白んでいる。 「見えてきたぞ」  馬の代わりの、巨大なワニのような、トカゲのような、オレンジがかった黄金色のドラゴンの手綱を握りながら、ひげの生えた中年男性が振り返った。 「クラプションだ」  男性はにっと笑うと、前へ向き直った。  ゆり達一行は、隊商の荷台に乗せてもらっていた。  ユルーフで雪村が隊商一行と仲良くなって、ちょうどクラプションを通るというので、乗せてもらう事になったのだ。  そのおかげで、当初の予定よりも半分近く早く着く事になった。  ゆりとしても歩かなくて済むし、荷台やテントで、雑魚寝といえども寝れるのでありがたい事この上なかった。 (これも雪村くんのおかげだな)  ゆりは居眠りしている雪村をちらりと一瞥し、立ち上がって、御者台から見えてきたクラプションの町を覗き見た。  クラプションは高い塀に囲われ、切り立った岩山を背にしていた。正面には、広々とした道を挟んで、比較的急な坂になっていて、その先には湖があるようだった。  城塞都市の周辺には、農家だろうか。家が所々に点在している。  車輪が石を弾いて、荷台が揺れた。 ゆりは少しよろけると、御者台から目を離し、そのまま床に腰を下ろすことにした。  * * * 「ありがとな」  町の手前で荷台から降りた雪村は、隊商一行にお礼を言って、御者の男と握手をかわした。 「ありがとうございました」  ゆりもお礼を言って、結は軽く会釈した。  男はにこっと笑って手を振り、隊商は町に入らずに緩やかな丘を下っていった。 「さて、行くか」  あくびまじりに雪村は言って、ゆりと結は小さく頷いた。  門の前には、ユルーフの町で見たのと同じ紅蓮の甲冑を身に纏った憲兵がいて、彼らの前に台があったので、ゆりはてっきりまた入国証を見せるのだと思ったのだが、憲兵は雪村の顔を見るなり驚いた表情を浮かべた。 「これは、三条殿。お帰りなさいませ!」  勢い良くお辞儀をした憲兵は、恐れいう感じではなく、むしろ尊敬して言ったようだった。 「よっ! ご苦労様」  雪村はにこやかに笑うと、軽く手を振って歩き出したので、ゆりもその後を追って町へ入った。 「ねえ、入国証はいいの?」 「主は、この町の領主だからな」 「……え!?」  目を見開いたゆりに、雪村は苦笑しながら慌てて付け足した。 「俺は数年前に継いだばっかだから。その前はオヤジが領主だったし、今の仕事も殆どは風間がやってるんだ。俺は大概遊んでばっかかな」 「なんだ……。私が言うのもなんだけど、もうちょっとしっかりした方が良いよ。せっかく見直したのに、なんか残念だよ」 「え!? いや、えっと、してるしてる! 仕事めっちゃしてる!」 「主、嘘、すぐバレる。やめとけ」 「……うっ!」  結にツッコまれて雪村は苦い顔をし、ゆりはそんな雪村がおかしくてくすくすと笑った。 「いや、あの……」  慌てふためいて、何か言い訳をしたかったらしかったが、何も思い浮かばなかったのか、雪村は肩を落としてしょぼんとした。  ゆりはその姿を見て更に笑ったが、今度はおかしくてというよりは、可愛いらしいと思って、思わず笑ってしまった。  町は坂の起伏が激しい地形だったが、大通りは緩やかな石坂で進み易い。ゆり達一行は大通りの途中にあった小道を曲がった。  小道は階段のようになっている段だら坂で、途中のある一角で急斜になっていた。  ゼェゼェと肩で息をつきながら急斜面を上りきると、ゆりの目の前に城が現れた。 「着いたよ。大丈夫?」  雪村が労わるように言ってゆりは頷きかけたが、次の瞬間驚きの声を上げた。 「え!? もしかして、ここが雪村くんの家なの?」 「そうだよ。一応、領主だからな」  あっけらかんと言った雪村の横で、結が深く頷く。 ゆりは、半ば呆然としながら、城を見渡した。  玄関は木製の扉になっており、黄金色の竜の紋章が絵が描かれていて、その上には細長く、巨大なステンドグラスがはめ込まれていた。  尖がった屋根は城の四隅についていて、そのいずれにも、旗が掲げられている。二つは赤い旗。二つは黒い生地に、白いカラスのような絵が入った旗だった。 灰色の石で出来た城は古城という感じだが、それでもお伽話に出てくる城のようだったからか、ゆりは瞳を輝やかせた。  槍を持った門番がこちらに気づくと、彼らは敬礼をし扉を開けた。 「お帰りなさいませ!」 「うん。ただいま」  軽く言って、雪村は振り返った。 「谷中さん、入らないの?」 「えっ、あ、うん」  恐れ多いような気持ちでゆりは兵士にぺこりと頭を下げて、城の中へと足を踏み入れた。
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