第1197話 約束の笑顔

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第1197話 約束の笑顔

 魂と共に肉体が深く傷付いたウォーリスは、約束通り目覚めたリエスティアと話をする。  それは自分自身の生い立ちから始まり、この事態を生み出す前章譚(プロローグ)とも言える彼の計画の全容だった。  しかし帝国から逃亡するアリアが反乱貴族達から仕向けられた暗殺者に襲われたことで、本来の計画から外れ始めたことをウォーリスは赤裸々に明かしていく。 「次にアルトリア嬢の消息が分かったのは、それから一ヶ月後。帝国領の南方に定期船(ふね)で向かっているという話だった。……しかも驚く事に、王国から追いやったはずの傭兵エリクらしき男を連れて」 「!」 「だがその後、また二人の消息を帝国側は見失った。私もアルフレッドも悩まされたよ。ゲルガルドを倒す為に必要な君達が、まさか共に行動する事態になるとは。……だが結果として、それは好都合だと考え至った」 「好都合だと……?」 「私達の計画では、君達に自分の能力(ちから)を高めてもらう必要があった。その二人が合流したのなら、二人で共にフォウル国へ向かってくれた方が都合が良い。……だから、君達が帝国から逃げるのを支援する方針に計画を切り替えた」 「……だからね。傭兵ギルドとドルフを使って、多額の報酬で私達を逃がすのに手を貸したのは。そしてケイルの依頼も継続して、私達に同行するよう伝えさせた」  アルトリアはその話を聞き、傍に居るドルフへ睨むような視線と言葉を向ける。  それに答えるように、ドルフは肩を軽く落として伝えた。 「あぁ、そうだよ。それが雇い主(ウォーリス)の命令だったからな」 「じゃあ港町(あそこ)で私達を襲ったあの暗殺者達も、やっぱりアンタが?」 「いや。俺はログウェルに()られた暗殺者(そいつら)の後始末はしたが、暗殺者達(それ)を動かしてたのは依頼主(ウォーリス)だ」 「え?」  ドルフは自分に言い渡された依頼を教えながらも、アリアとエリクを襲った暗殺者達については関与を否定する。  するとその暗殺者達を仕向けたのがウォーリス自身だと教え、再び全員が彼に視線を向けた。  そしてその事に関しても、ウォーリスは事情を明かす。 「正確には、また反乱貴族達が同じ暗殺者を使って見つかったアルトリア嬢を殺そうとした。その手綱を握る為に、私の命令を受けた悪魔(ヴェルフェゴール)に暗殺者達を纏めさせた。ゲルガルド伯爵家の名を使ってな」 「……ならどうして、逃がそうとした俺達を襲わせた?」 「君達を逃がす事に成功しても、再び位置を見失っては意味が無い。……だから追跡できるよう、刻印(マーキング)を打ち込ませた」 「!」 「確実を打ち込めるよう、暗殺者に紛れた悪魔(ヴェルフェゴール)にやらせた。アルトリア嬢の右肩に当たったと聞いているが……」 「……そうか、あの時の矢か……」  ウォーリスの話で、港町で襲った暗殺者達の放った矢の一つがアリアの右肩を掠めた事をエリクは思い出す。  それをアルトリア自身も自覚しているのか、自身の右肩に左手を据えながら苦々しい声を向けた。 「なるほど、暗殺者達(アレ)もアンタの術中(さく)だったってわけ。解毒じゃなくて、解呪をしなければいけなかったようね」 「例え解呪したとしても、悪魔(ヴェルフェゴール)に君達を追跡させていた。結果は変わらなかっただろう」 「……ッ」 「そして君達が強くなる為の試練を課し、同時にゲルガルドを倒す為の下地を幾つか試みた。……『結社』に所属する内通者(マーティス)を通じてマシラ一族の秘術が記された構築式を手に入れ、放棄された王国の南領土を利用して死者の復活と再利用が出来ないかを試みる。そして共和国(このくに)の元老院に働き掛け、アルトリア嬢がローゼン公爵家の莫大な利益を得ている鍵だと教え、君達を得させようと襲わせた」 「!!」 「魔人が含まれている闘士部隊と戦わせれば、君達も過酷な環境と戦闘によって成長するだろうと考えた。……そして君達は無事にそれを乗り越え、共和国(ここ)からも脱出した」 「……無事ですって? おかげで私達は死にそうになったし、余計な殺しもする羽目になったわ」 「それが目的だったからな。……ゲルガルドの研究では、真の聖人に到るには幾つかの条件がある。それが死に瀕する事と、自分自身の意思で人を殺める事だった」 「!」 「当時の君には能力(ちから)こそあったが、その経験が欠けていた為に『聖人』に到れていない。だからどうしても君を死に瀕する状況へ追い込み、人殺しをさせる必要があった」 「……ッ」 「そしてようやく『聖人』に到れたアルトリア嬢と、鬼神の力を使えるようになった傭兵エリクを、更なる過酷な苦境へ追い込む策を考え続けた。そして皇国(ルクソード)に居る母上とザルツヘルムに、その状況作りを頼んだ」 「……まさか、皇国の各地に放たれてたっていうあの合成魔獣(キマイラ)は……!?」 「君達の為に用意した、言わば餌だ」 「!!」 「本来の計画であれば、君達が放たれた合成魔獣(キマイラ)達と戦い、更に自分自身の能力(ちから)を高めるはずだった。……だが君達は、私や母上が隠していた『(くろ)』を狙う『結社(そしき)』と関わりを持ってしまった」 「……バンデラス達のことね」 「そして『青』の計画に巻き込まれた君達は、『神兵』化したランヴァルディアと『青』の七大聖人(セブンスワン)と戦う状況となった。……母上やザルツヘルムを死なせる不本意な結果ではあったが、合成魔獣(キマイラ)と戦わせるより遥かに苦境と呼べる戦闘を経験してくれた君達は、宗教国家(フラムブルグ)から差し向けさせた『(きん)』の七大聖人(セブンスワン)ミネルヴァすら退(しりぞ)ける強さを身に着けてくれたよ」 「……全部が全部、アンタの仕業だったってわけね……ッ」 「そうだ。……全ては、君達に強くなってもらおう為。ゲルガルドを討つ時の、重要な戦力として……期待していたからだ」  アリアとエリク達が繰り広げた旅の騒動のほぼ全てが、ウォーリス達によって仕組まれていたことだと明かされる。  それを聞いた彼等は僅かに憤る表情を浮かべ、ウォーリスに敵意が籠る視線を向けた。  その視線を自覚するウォーリスは、改めてこうした言葉も見せる。 「君達には、すまないと思っている。……だがそうする以外に、私にはゲルガルドを倒す手段が無かった」 「……それで、その後の事もアンタの仕業なわけね?」 「ああ。皇国を出た君達を更なる苦境に立たせる為に、海上に作った魔導国(ホルツヴァーグ)合成魔獣(キマイラ)実験施設を利用した。……君達は、それも退(しりぞ)けた。……だがその後に、計画に狂いが生じた」 「狂い?」 「各国を警戒し砂漠を横断するだろう君達の動きを予測し、高額の賞金を懸けて特級傭兵達を動かし戦わせるつもりだったが。……何故かその途中、刻印(マーキング)が途絶えた」 「!」 「だが二ヶ月後には刻印(マーキング)の反応が戻り、何故か君達は転移してフラムブルグ宗教国家の大陸に居た。……どうしてそうした状況になっているのか、私には分からなかった」 「……俺達が螺旋迷宮(スパイラルラビリンス)に閉じ込められて、三十年後(みらい)に行っていた後の事か」 「そしてアルトリア嬢は皇国に転移して動く様子が無くなり、傭兵エリクが何処にいるのか分からなくなった。……そんな状況の中で、『(きん)』の七大聖人(セブンスワン)ミネルヴァが私を討つべく現れた」 「!」 「ミネルヴァは私が悪魔(ヴェルフェゴール)と契約している者だと見抜き、更に私の肉体に『悪魔(ゲルガルド)』が封じ込められていることも勘付いていた。……お前達と同様に、『黒』の能力(ちから)でミネルヴァも未来の記憶を継承していたようだな」 「……」 「だが当時の私は、計画の一端が漏れている事に驚愕した。そこでゲルガルドと裏で繋がる宗教国家(フラムブルグ)の上層部が私の素性についてミネルヴァに漏らした事を疑い、王国(ベルグリンド)共和王国(オラクル)に改名し、宗教国家(フラムブルグ)や四大国家から干渉を受けない立場にさせた」 「そうまでしたのも、リエスティア達の為ね」 「……私の素性が公に知られるということは、その子供であるリエスティアの素性が『結社』に見抜かれる事にも繋がるからな。そうなれば、リエスティアの傍にいる侍女(カリーナ)にも危険が及ぶ」 「……そういう連中から視線を逸らす為に、共和王国(あのくに)で『砂の嵐(おれら)』を雇って銃の製造と軍事訓練をやらせたわけか」 「そうだ。四大国家に属する国々にとって、禁忌に定められた『銃』を使う大規模な軍隊は脅威でしかない。……だがそんなモノで、ゲルガルドは倒せない。実際に、そうだっただろう? スネイク」 「チッ」 「それを果たせるのはアルトリア嬢と傭兵エリクだけだと、私は考え続けていた。……だからこそ、あんな事を提案する為に自ら帝国に赴いたのだから」  皇国を出てからの襲撃や賞金に関わる各傭兵達の動きもまた、ウォーリスの思惑によって動かされていた事を一行は知る。  しかしそれ以後の出来事は彼等と同行していた『黒』の目論見であり、その事を知らなかったウォーリスは大きく狂う計画をどうにか修正し、大事な者達に危害が及ばぬように様々な試みを続けていた。  その一つとして、自分も関わる出来事をアルトリアは腕を組みながら問い掛ける。 「皇国で眠ってた私を、帝国に呼び戻そうとした件ね。リエスティアと馬鹿皇子(ユグナリス)の婚約条件として」 「その通りだ。……君が帝国に戻れば、行方が分からない傭兵エリクも姿を見せるはず。そして二人が揃った段階で編成された共和王国(オラクル)の軍を動かし、帝国へ侵攻する予定だった」 「!?」 「十万を超え銃を手にした軍隊に、帝国の軍事力だけでは抗えないだろう。そうなれば必ず、帝国に戻ったアルトリア嬢と傭兵エリクが帝国側に付いて戦場に出て来る。そうなれば、二人を更に強く出来る。……そうなる前に、リエスティアとカリーナを私の下に戻したかったが。それもこれも、全て帝国皇子(ユグナリス)の計算外の不祥事(こうどう)で防がれてしまった」 「……っ」 「しかも()らえたミネルヴァが自爆し、その閃光がゲルガルドの封印を解いてしまった。……それからの事は、君達の知っての通りだ。私の肉体はゲルガルドに掌握され、あの襲撃を起こした。辛うじて私に出来たのは、私にとって重要な記憶を奴から隠しながら従うフリをすること。そして奴が最も油断する隙を突き、創造神(オリジン)を復活させて裏切ること。それだけだった」  自らの計画とその顛末を聞かせるウォーリスは、自身を嘲笑するような微笑みを浮かべる。  一同をそれを聞きながらそれぞれに思う表情を見せ、それ等を計画した本人(ウォーリス)すらも数多の問題に対処すべく翻弄されていた事を知った。  そしてウォーリスは首を横に傾け、隣に見える自分の娘(リエスティア)に伝える。 「私の事が、よく分かっただろう。リエスティア」 「……」 「私は人としても、そして父親としても最低の男だ。その挙句に全てを失敗し、こんな情けない姿で生き残ってしまった。……私のやって来たことなど、最悪と呼ぶべき私の父親(ゲルガルド)と大差は無い」 「……っ」 「こんな男のことを、父親だと思わなくていい。そしてその娘だからと、思い悩む事もない。……お前にはもう、愛してくれる家族がいるのだから」  今まで自分の行って来た悪行を敢えて伝える事で、自分の娘(リエスティア)はそんな父親と決別すべきだと話す。  それを聞いていた一同は言葉を発さず、ただ顔を伏せて聞くリエスティアに視線を向けた。  すると彼女は、膝に置く手を僅かに力強く握りながら声を漏らす。 「……覚えていますか?」 「?」 「私が引き取られた家で、貴方に声を掛けられた時のことです」 「……覚えている。お前は痩せ細り傷だらけの身体で、見ることも立つことも出来なくなってた。……それも私が、お前を早くに見つけられなかったのが――……」 「あの時、私は何も見えなかったけど……今でもちゃんと覚えてます。……貴方が優しく、私を抱えてくれたことを」 「!」 「そして、私の手に水のようなモノが滴った感触を。……ちゃんと、覚えてます」 「……ッ」 「それから私は、貴方に連れられて。何も知らない私に色んな事を教えてくれて、困らない生活を与えてくれて。……それが本当に、泣いてしまうくらい嬉しくて……」 「……」 「それから何も出来ない私が隣国に行って、その国の皇子様と婚約者候補になるよう言われて。最初は、とても不安で怖かったけど……でも、周りの方達はとても親切で。……そして皇子様は、ちょっと子供っぽいところがあるけど、とても優しい方で……」 「!」 「私が孤児だと言っても、皇子様は私を愛していると言ってくれて。……私は、それも凄く嬉しくて……」 「……リエスティア……」  彼女(リエスティア)はそう言いながら伏せたままの顔から涙を流し、自分が今まで思っていた事を話す。  そして傍で聞いていたユグナリスが呟いた後、目元を拭った手に涙の粒を移したリエスティアは改めて自分の答えを返した。 「……私は、昔の自分(こと)は覚えていないけれど……。……でも今の自分がこの幸せを手に入れられたのは、貴方のおかげだと思っています」 「!!」 「貴方は多くの人に、とても許されない事をした。それも分かります。……でも、私をここまで連れて来てくれたのは、貴方のおかげです」 「……ッ」 「私にとって、貴方は最初に私を受け入れてくれた……家族なんです……っ」 「!」  リエスティアはそう言いながら、上体を揺らし腕を支えに寝台(ベッド)から足を降ろそうとする。  それを見て慌てる様子のカリーナやユグナリスだったが、それを引き留めるように床に足を着け立ち上がった彼女(リエスティア)自分の父親(ウォーリス)を見ながら話した。 「私は、貴方を父親だと思います。そして家族として、貴方の犯した(こと)を共に償います」 「!!」 「どんなに苦しくても、どんなに悲しくても。それを理解し一緒に分かち合うのが家族なんだと、私は学びました。……だから、私を遠ざけないでください。お父様……そして、お母様」 「……ッ……」 「……リエスティア……ッ」  力強くも意思の籠る表情と黒い瞳を向けるリエスティアの言葉に、ウォーリスは驚きを浮かべる。  そして傷付いたウォーリスの左手とカリーナの右肩に、彼女(リエスティア)の左右の手が置かれた。  自分の娘(リエスティア)の言葉と触れる手の温もりを感じる二人は、改めて自分達が彼女に親として受け入れられた事を自覚する。  そして三人は改めて十数年振りに親子として触れ合い、涙を流しながらも笑顔を浮かべていた。  こうして一連の事件に幕は引き、ウォーリスは約束を叶える形で二人との再会を果たす。  それを見守る一同は嘆息を漏らしながらも、その光景は口元に微笑みを浮かばせていた。
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