第011話 北港町ポートノース

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第011話 北港町ポートノース

 検問所をすり抜けるように通行し、道すがらに陸から海を見ながら、エリクとアリアは北港町ポートノースに到着した。  港町は市や商店が数多く置かれ、人口規模で言えば五百名以上の住民達が存在し、漁業と貿易品を商業形態に組み込んだ、大きな港町の姿を見せていた。  その中を歩きながら、アリアは町の感想を述べていた。 「へぇー、結構大きな港町ね。流石は帝国唯一の港だわ」 「ん? 南にも、帝国の港があるんじゃないのか?」 「南のポートサウスは帝国直轄の植民地の領内なの。だから正しく言えば、帝国には港町は一つしかないのよ」 「植民地、か。よく分からないが、そうなんだな」 「……エリクには、色々と言葉の意味から教えないといけないわね……」 「何か言ったか?」 「いいえ。とりあえず、宿を探しましょう。それからマウル医師という人の所を訪ねて、話を聞いてから、明日はお仕事ね」  そう言いつつ先行するアリアの後を、不思議そうにしつつ追うエリクは、北港町の宿屋を探しつつ市場と商店や見て回った。  港町だけあって魚介類の食料店が多く、干した魚や焼いた魚貝の身が焼ける匂いを嗅ぎ、アリアが興味津々に近付きつつ、注文した魚の焼き串をエリクに渡して、食べ歩きながら見て回った。 「美味しいわね。塩味だけなのにこんなに美味しくなるなんて素敵じゃない?エリク」 「そうか?」 「えっ。エリクは美味しく感じないの?」 「よく、分からないな。何を食べても、噛んで飲み込めば、腹に溜まるだけだ」 「そっか、味覚も鈍化しちゃってるのね。……貴族の料理とか、食べたことある?」 「いや、見たことはあるが、食べたことは無いな。豪華そうな食事だというのは、なんとなく分かるが」 「そうでもないわよ。貴族の料理、特にパーティなんかに出される料理は、口にする為に料理人や給仕の確認は勿論、毒味とか検査をするから、出された時には凄く冷めてて不味いの。で、全員不味いのが分かってるから口にも付けず、パーティが終わったらそのまま捨てちゃうの」 「そうなのか。勿体無いな」 「でしょ? まぁ、毒味とかは仕方ないにしても、だったら料理なんて出さなきゃいいのに。例え冷めても美味しい料理を出しても、貴族達は絶対に口にしないの。嫌になっちゃうわ」 「……そうか」 「私、貴族がやるパーティは嫌い。たまに、こういう町でやるお祭りは好きで、そういう時は家から抜け出して、こっそり領地のお祭りに参加してたんだ」 「だから、買い物にも慣れているんだな」 「ええ。いつか家から離れて、旅に出たいと思ってたわ。でも馬鹿皇子の婚約者だからって、我慢してたけど……。旅をして、自由の身になって、貴族から縛られずに暮らしてやるわ!」 「……そうだな。その手伝いを、俺はしないとな」 「何を言ってるのよ。貴方も自由になるの、エリク」 「俺も?」 「誰にも縛られずに、飲んで食べて戦って、依頼をこなしてお金を稼ぐ。それが傭兵の本当の生き方なんだから」  アリアが笑いながら教える言葉に、不思議な気持ちを感じるエリクは、アリアの後を追いながら考えた。  今までのエリクが居た王国は、貴族や貴族を介した者達からの命令を受け、ただ言われるがままに戦うだけの傭兵稼業。  そこに自由と呼べるものはなく、命令され実行するだけの世界。  それが世界の全てだと、エリクは今まで思っていた。  そうした価値観を持つエリクが、アリアという価値観と触れ合う事で、少しずつ自分の世界が拡がる感覚を覚えていく。  一通り回りつつ、市場や商店の商人にアリアは話を聞き、泊まれる宿を探した。  そしてアリアが聞いて見定めた宿は、港町の中でも大きめの宿屋だった。 「……こんな大きな宿に、泊まるのか?」 「そうよ。言ったでしょ? この魔法学園卒業の証。魔法使いとしての認識票を持ってれば、こういう施設に泊まれる資格は十分あるの。宿泊費も、私が持ち出した金貨がまだまだあるわよ!」 「持ち出したとは、盗んだのか?」 「人聞きの悪いこと言わないでよ。コレは私が、私の商売で稼いだ金貨。正当な私のお金よ」 「そうなのか。若いのに商売で稼ぐとは、凄いな」 「ふふん。帝都に私が出した化粧品店があるのよ。その売り上げを給料として、今まで溜め込んでたのよね」 「そうか。じゃあ旅の資金は、しばらく困らないのか」 「そうよ。無駄使いさえしなければ、これだけで十年間は暮らしていけるわよ」 「十年か。凄いな」 「……もしかしてエリク。金銭の価値とかも、分からない?」 「ああ、よく分からない。金貨一枚で、干し肉がいくつ買えるんだ?」 「そうね。軽く二百個くらいは買えるわね」 「凄いな」 「……エリク。貴方、今までよく傭兵をしてこれたわね?」 「物を買うのは、傭兵の仲間に全て頼んでいた。余った金は、すべて貧民街の者達に渡していた」 「!」 「俺は、金の価値も使い道もよく分からなかったから。だから今後も君に、物を買ったり宿屋に通す金のことを任せてしまうが、いいだろうか?」 「……分かったわ。その代わり、私が金銭や市場の事をエリクにも教えるわ。いい?」 「それが護衛に必要なら、覚えよう」  そう互いに申し合わせた上で、アリアとエリクは微笑みを浮かべつつ、宿屋の入り口を通った。  宿屋の受付で魔法学園の認識票を見せ、検問所と同じように素直に受付が完了し、部屋の鍵を貰った時、エリクが不思議そうに言った。 「鍵は、一つなのか?」 「そうよ。私とエリクで二人部屋を借りたわ。私達、一応ここでは親子ってことにしてるから」 「いいのか?」 「良いも何も、護衛の貴方が別の部屋に居たら、万が一の時に対応が遅れちゃうじゃない?」 「それは、そうか」 「さっ。さっさと部屋に荷物を置いて、お風呂入りましょう。しばらく水と火の魔法で作ったお湯を浸した布で体を拭くだけだったもの。さっと浸かって温まってから、マウル医師の所へ行きましょう」 「……お風呂とは、なんだ?」 「えっ。……温かい水で満たされた浴槽に入って、体を洗う場所よ。まさか、知らないの?」 「体を洗うのか。水で体の汚れを流すことは、何度かしたことはある」 「……エリク。貴方は部屋に行ったら、まずはお風呂よ」 「え?」 「野宿生活で分からなかったわ……。私が洗ってあげるから、絶対にお風呂に行くの! あと、髭とボサボサ頭も切って整えるわよ!」 「い、いや。俺は別に……」 「これは雇用主としての命令!」 「わ、分かった……」  そうした会話を行ったエリクとアリアは、宿の部屋に入り、そして部屋の中にある個室の風呂を確認し、外套を脱いだアリアが服を捲くりつつ、エリクの装備と服を剥がして風呂へ入れた。  魔法で御湯を作り出したアリアは、浴場に湯を入れながらエリクに湯を被せ、部屋に備えられた石鹸と布を活用し、溜まりに溜まったエリクの汚れを落としつつ、自前のハサミを使ってエリクの頭髪を短く揃え、細いナイフを使ってエリクの毛を剃った。  そして数十分間、浴場の湯に浸からせたまま、エリクに湯に入り続ける事を命じた。  風呂が終わった後、男前に見栄えしたエリクがその場に出来上がった。 「これで、良し!」 「そんなに違うのか?」 「さっきまでは汚れや埃、垢まみれだったもの。服も洗えば、それなりに見栄えの良い傭兵に見えるわ。そこらへんは、明日か明後日ね」 「そ、そうか。身嗜みを整える、というのは大変だな」 「身嗜みは大事よ。特にこの後に向かう場所は、医者が居て病人がいる場所なんだから、清潔さは必須よ」 「そうか、分かった」 「じゃあ、私は御湯を張って御風呂に入るから。しばらく待っててね」  一仕事を終えたアリアは、充足感ある顔を浮かべつつ、今度は自分の為に風呂場に戻った。  そしてアリアの風呂を待つエリクは、この時に二時間以上の入浴を行う事を想像できず、ただひたすら待ち続けることになることを、まだ知らなかった。
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