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第1172話 魂の巡り
アズマ国に戻った武玄は、天界の聖域に残り消息を絶った愛弟子ケイルとその仲間達の手掛かりを探す。
それに関して父親である『茶』の七大聖人ナニガシは、その消息を知る可能性がある人物を武玄に紹介した。
それはナニガシが契約している妖精であり、名前はヴェルゼミュート。
彼女は伝説上に存在する『妖精女王』であり、魔大陸に君臨する到達者の一人だった。
思わぬ形で『妖精女王』と出会ってしまった武玄は、思わず困惑した表情を浮かべてしまう。
すると鋭い視線を向けながら武玄を見下ろすヴェルゼミュートは、改めて口を開きながら問い質した。
「それで、私に何か用?」
「……そ、そう。親父殿から、貴女なら知っているやもしれぬと……」
「?」
「実は――……」
武玄は今までの経緯を説明し、夜空に浮かぶ天界の大陸で起きた出来事を話す。
それを黙って聞いていたヴェルゼミュートは徐々に表情を険しくさせていくと、今度はナニガシの方へ鋭い眼光と声を向けた。
「ちょっとアンタ! そういう事になってるなら、先に言いなさいよっ!!」
「むっ。魔大陸では把握しておらんのか?」
「あのね、私達みたいな妖精は『妖精界』にいるの。そこは現世から隔絶してる世界だから、現世で起きてる事なんか把握してるわけないでしょ! これ、何回も説明してるわよね?」
「……妖精の世は、よく分からんからなぁ」
「まったく、これだからこのボケ老人は……」
「儂の数倍以上も生きとる年寄りが、何を言う」
「フンッ」
「ふんっ」
二人はそうした口論を交えると、そこで会話を途切れさせる。
そしてヴェルゼミュートは改めて武玄へ顔を向けると、話の続きを聞いた。
「それで、また五百年前と同じ事が起きたのね。その結果として、どうなったの?」
「……我が弟子とその仲間達によって、世の破壊は免れたらしく。しかし止めた張本人達の行方が、今だに分からず終いに」
「ふぅん。ちなみに、行方が分からないってどういう意味で?」
「『青』から聞く話によれば、世を支える大樹があった聖域は時空間という妖術で作り出していた異次元と。その中に弟子達が残ったまま、その聖域ごと消えたと……」
「……なるほど、そいつ等は虚数空間に入り込んだのね」
「ぽけっと……!?」
話を聞いていたヴェルゼミュートが少し考えて発した言葉に、武玄は反応を強する。
すると彼女は、消息が途絶えている彼等の行方についてこう述べ始めた。
「まず時空間で生成できる場所は、特定の条件で二種類が作られる。一つ目が、現世の空間に上書きする形で作り出す時空間。二つ目が、現世と幽世の狭間に人工的に穴を作って入れる時空間。この二種類に限られるわ」
「……な、なるほど?」
「あぁ、やっぱりコイツの息子だわ。理解できてる顔じゃない……。……まぁ、実際に作って見せた方が早いわね」
「……!」
そう言いながら庭先へ出て歩き始めるヴェルゼミュートを、縁側に居る二人は視線で追う。
すると彼女は左右の手を両側に広げ伸ばすと、その虚空に二つの黒い繭状の影を作り出した。
「これが時空間ね。右側がさっき説明した前者の時空間で、左側が後者の時空間よ」
「!!」
「で、両方の時空間に何か入れる……小石でいいわね」
ヴェルゼミュートは瞬く間に小規模な時空間を作り出すと、その中に庭先に敷き詰められた小石を投げ入れる。
それを小石が両方の時空間に入ったのを実際に見せた後、彼女は両手を叩いてその時空間を消し去った。
すると右側の時空間からは、投じた小石が現れて地面に落下する。
しかし左側の時空間からは何も落下せず、投じられた小石は跡形もなく姿を消していた。
それを見ていた武玄は、改めて二つの時空間に違いがある事を認識する。
「これは……」
「小石が残ってる時空間が、現世に上書きして作り出した時空間。その上書きが消失すれば、取り込まれていた小石も現世へ放出される」
「……では、左側は?」
「左側は、現世と幽世の狭間に作った時空間。だからその時空間が消えると、入り込んでた小石はその狭間に取り残される。私はその場所の事を虚数空間と名付けたけど、知ってる奴等は『虚無』の世界とも呼んでいるわね」
「虚無の世界……!?」
「その行方が分からない子達は、その『虚無』に残ったままなのね。だから現世側から探しても、誰も見つけられてない。そういうことよ」
二種類の時空間とケイル達が消えた理由を説明したヴェルゼミュートは、そのまま縁側に戻りナニガシの右側に座り直しながら酒瓶を持ち盃に酒を入れる。
そしてようやくケイル達の行方が分からなくなっている理由を理解した武玄は、再びヴェルゼミュートに尋ねた。
「その『虚無』に入った者達を、現世に戻す方法は?」
「……無いわね」
「!?」
「基本的に、『虚無』の世界は現世と幽世とは隔絶してる世界なのよ。自力で戻るのは不可能だし、現世から干渉して戻すのも不可能だわ」
「そんな……っ!!」
「それに確か『虚無』の世界って、生物が生きる為の環境や時間の概念すら無いのよね。普通の人間が放り込まれたら、生きること自体が望み薄じゃないかしら」
「……っ」
盃を傾けて酒を飲みながらそう語るヴェルゼミュートの言葉に、武玄は僅かに抱いた希望を打ち砕かれるように表情を沈める。
すると武玄の気落ちした姿を見ていたナニガシは、彼女にこうした物言いで尋ねた。
「基本的には、か。……つまり、裏道はあるんじゃろ?」
「!」
「……まぁ、あるにはあるけど」
「その方法は?」
「簡単よ。虚数空間内に新たな時空間の穴を作って、同じようにそれを消して『虚無』の中に入る」
「!!」
「でも、その方法だと現世に戻れない。だから時空間を作った段階で、『現世』と『虚無』に通じる出入り口を作っておく。そうすれば、『虚無』へ出入りできるわ。そこから探していけば、あるいは見つかるかもね」
ヴェルゼミュートはそう答え、『虚無』の中を出入りし捜索できる方法を教える。
それを聞いた武玄は顔を上げ、再び目を見開きながら尋ねた。
「それは誠ですかっ!?」
「嘘なんか言ってどうすんよ。……まぁ、結局それも気休め程度の話。第一、『虚無』に対応できる装備を身に付けなきゃ中に留まる事も出来ないし。しかもその素材が全て精製済みの魔鋼で用意しなきゃいけないし、それを加工して防護装備を作れるドワーフ達の手を借りなきゃ無理よ」
「……それでも、弟子達を救える可能性があるのならば」
武玄はヴェルゼミュートの話を聞くと、すぐに胡坐の姿勢から立ち上がる。
そして彼女に対して頭を下げて礼を向けながら、その場に居る彼等に対してこうした言葉を残して立ち去った。
「妖精の女王殿、誠に感謝する。親父殿、俺は『青』にその情報を教えて来る。では――……」
「あっ、ちょっと――……。……まったく、父親に似て落ち着きのない息子ね」
「そう言うてやるな。アレはアレで、弟子を心配しておるのだ」
「あっそ」
慌てるように部屋から退出した武玄を見送る二人は、縁側から月を眺めながら酒を飲み交わす。
すると何かを思い出すように、ヴェルゼミュートはこうした会話を始めた。
「……それにしても、また起きるなんてね」
「そうじゃのぉ」
「で、また創造神とその魂の欠片を集めたの。誰がやったわけ?」
「決まっておろう、団長殿だ」
「ゲッ、またあの人なの。相変わらずねぇ。……で、今回の目的は?」
「さぁ。……お主はどう見る? 五百年前、創造神の欠片だった者として」
「……」
そう尋ねるナニガシの言葉に、ヴェルゼミュートは不機嫌そうな顔を向ける。
すると意地悪そうな表情で微笑むナニガシは、再び月を見上げながら口を開いた。
「世は巡り、魂も巡る。……役目を終えたお主の残滓も、五百年の時を超えて新たな生を得たのであろうな」
「……私や他の連中みたいに、魂の欠片を継いだ奴が出たのね。どんな奴かしら、知ってる?」
「いや。しかし、良い者に違いない。何せ、己の命を賭して多くの者や大事な者を救わんとする奇特な者じゃからな」
「……あの子と同じようにね」
「そうよな」
二人は互いに月を見上げながらも、その先に別の人物に関して思い出しながら話す。
するとナニガシは盃を置きながら、改まるようにヴェルゼミュートに聞いた。
「あの娘は、まだ目覚めぬのか?」
「……えぇ」
「五百年、ずっとか」
「そうよ。……あの子は自分の全てを代償として払って、全てを救おうとした。でも私達は、そんなあの子に何もしてあげられない。……私は、あの子の親友なのに。それが悔しくてしょうがないわ……っ」
「……お主のせいではない」
顔を俯かせながら話すヴェルゼミュートに、ナニガシは右手で彼女の左肩を優しく撫でる。
それを振り払うように立ち上がった彼女は、庭先を歩き振り向いて告げた。
「私はあの子を、必ず目覚めさせる。だから人間大陸の事には構ってられない、後は自分達の力だけでやりなさいよ」
「そうしよう。今日はすまなんだな」
「別にいいわ、気分転換にはなったし。――……じゃあね」
「達者でな」
そうして互いに別れの挨拶を済ませると、ヴェルゼミュートは場に溶け込むように姿を消す。
ナニガシはそれを見送った後、一人で夜空を見上げながら晩酌を続けた。
こうして消息不明の彼等に関して、手掛かりとなる情報を武玄達は得る。
それにより、行き詰まっていた捜索を少なからず進展させることが出来たのだった。
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