第001~004話 出会い

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第001~004話 出会い

 木々が生い茂る、暗い森の中。  整えられていない道を歩みながら、森の中を歩く大男の姿が在った。  その大男は森の中を徘徊しながら、厳しい表情を浮かべて呟く。 「……追っ手じゃ、ないのか……」  彼の名はエリク。  この森から少し先の国境を越えた、ベルグリンド王国から逃げてきた元王国の傭兵である。  彼は二メートルに近い大柄な体躯と、分厚く黒い大剣を背負い、みすぼらしくも整えられた装備を身に付けていた。  そして荷物が入った小さな袋を肩に担ぎ、巨体に似合わない軽快な動きで森を進む。  一つ一つの挙動は熟練されており、彼が優秀な戦士である事が窺えた。  どうしてエリクがこの夜の森に単独で踏み入ったのか。  その理由は、ベルグリンド王国から罪人として追われて国から逃げ出したからに他ならない。  彼は少し前まで、ベルグリンド王国の傭兵部隊に所属していた。  王国内の貧民街で生活していたエリクは、恵まれた体躯で幼い頃から王国仕えの傭兵団に所属し、魔物や魔獣の討伐から、度々起こる隣国との戦争に駆り出されては、目覚しい武勲を得ている。  そうして肉体的に優れた才能を示したが、逆に知恵者としては才能は示せず、文字を書くにも読むにも人手を借りなければ難しい。  傭兵としての給金の管理も傭兵団の仲間達に託し、余った金銭は全て貧民街の者達が食べる食料にさせるほど、金銭という価値(モノ)には無頓着。  しかし貧民街の者達や彼を良く知る者達にとって、彼は戦士として英雄に至れる器を持つ貴重な存在だと認知されていた。  しかしある事件を原因として、エリクは王国内で【虐殺者(スレイヤー)】と忌み嫌われる存在へと変貌する。  今から数ヶ月前、エリクが団長を務める傭兵団一行が魔獣の討伐依頼を終えて王都へ戻ろうとした。  その途中、とある村が野盗らしき集団に襲われているのを発見する。  村は燃え住民達も虐殺させる光景を目にしたエリクは、義憤に駆られて野盗達を全て殺した。  それは王国の民として、また王国の傭兵として当然の行いだっただろう。  しかし王都に戻ったエリクと傭兵団を迎えたのは、民からの称賛の声ではなく、兵士達に突き付けられた剣と槍。  襲われていた村を襲撃したのが彼の率いる傭兵団であるとされ、団長であるエリクが主犯格として捕らえられた。  弁明の余地さえ与えられずに捕まった彼は、獄中にて拷問を受け殺されそうになる。  しかし傭兵団の仲間達がエリクを脱出させると、彼等は王国から逃げることを選んだ。  貧民街の住民達に案内され、城壁の崩れた水路から逃げるように言われる。  仲間達と貧民街の者達に助けられ、エリクは王都から逃げ出す事に成功した。  しかし仲間達を逃がす為に、エリクは自ら囮となる、  そして追っ手を振り切り隣国まで向かった彼は、国境沿いにある広大な森に身を隠した。  そして一ヶ月ほど隠れ続けるエリクは、森の変化に変化に気付く。  それは森の小川付近に、自分以外の者が野営していた形跡を発見したからだった。 「追っ手ではなければ、誰だ? 森に入ったのは……」  小枝や葉などが踏み潰され、土には真新しい足跡も残され、幾つかの小川の近くで焚き火の跡が見え隠れしている。  特に焚き火の跡は入念に消そうとした痕跡があり、エリクは始めこそ追っ手が森の中に居る可能性を考え、警戒しながら過ごしていた。  そして森の中を詳しく調べる内に、痕跡が王国側ではなく、隣国側から踏み入った事をエリクは知恵を絞って導き出す。  しかし何者かが森へ侵入したことを確信し、エリクは警戒を強めて相手の事を探り続けた。  狩猟の常套手段ではあるが、森の中では守りを固めるよりも、相手を探り位置を突き止めることが優先される。  狩る側として優位に立てれば自身の安全を保てる事を、エリクは今までの魔物討伐や戦場の経験で得ていた。  こうして森の侵入者を探すエリクは、夜の森を静かに散策し続ける。  野営をしている侵入者は夜に活動を止め、それを見計らい相手の正体を突き止める為に。  そして捜索を開始してかは二日目の夜、エリクは森に踏み入った自分以外の人物を見つける。  小川に近い場所で焚き火を起こす人物が、地面に座っていた。  身体はエリクに比べれば遥かに小柄で、頭まで覆う黒い外套が顔と身体を隠している為、詳しい体型は分からない。  相手が自分の追っ手なのか、それともただの旅人なのかを判断できないエリクは、木の陰に隠れつつ様子を窺い相手の正体を探れるまで観察することにした。  相手は鞄を枕代わりにしながら地面に横たわる姿勢で眠り、翌日の朝に起床する。  丁寧に焚き火の跡を散らして処理し、鞄を肩から提げて移動すると、森の雑音に紛れながらエリクは後を追った。  それから暫く歩くと、前方の茂みが動き出し騒がしい音を鳴り響かせる。  相手もそれに気付き身構えると、エリクは木陰へ隠れた。  そして茂みから飛び出たモノは、相手を僅かに驚かせる。  しかしエリクは落ち着いたまま、それを見据えて呟いた。 「……あれは、角兎(ホーンラビット)か」  それは野生動物が進化した存在、通称『魔物』。  体長は凡そ七十センチ程の小柄な兎で茶色や灰色の毛皮で覆われた個体もいる場合が多く、俊敏さ以外は特徴の無い大人しい草食の魔物。  しかし身の危険を感じると興奮状態になり、頭の三十センチ以上ある角で突く習性を持つ。  迎撃手段を持たない相手であれば、その角に足や胴を貫かれ死ぬ場合もある。  エリクはそれを見ていると、角兎(ホーンラビット)は鉢合わせした目の前の相手に驚き、興奮状態に入り角を向けて突っ込んで来た。 「避けろ!」 「!?」  エリクは思わず声を上げ、相手も咄嗟に反応して角兎(ホーンラビット)の突きを右横へ跳び避ける。  それを確認したエリクは胸元の備えたナイフを取り出し、角兎(ホーンラビット)がいる地面へ投げ刺すと、驚きと共に視線と脅威をエリクに向けた。  それはエリクが追っていた相手も同様であり、姿を現した彼に対して驚きと同時に疑問の声を上げる。 「誰っ!?」 「……この声、女か」  エリクは相手の声を聞いた瞬間に、それが女だと察する。  そうして互いに驚きを浮かべたのも束の間、角兎(ホーンラビット)は興奮状態のままエリクに向けて俊敏に駆け出し、再び角を突き出して攻撃してきた。 「危ない!」 「ッ」  今度は女が声を上げ、エリクに注意する。  しかしエリクは右手で前方へ伸ばし、角兎(ホーンラビット)の角を掴んで突進を止めた。 「え……!?」  この角兎(ホーンラビット)は、見た目だけでも凡そ十数キロ程に見える。  それを淀みも躊躇いも無く片手で止めたエリクに、女は驚きを浮かべた。  そして短い手足をバタつかせて暴れる角兎(ホーンラビット)に対して、エリクは角の根元に左手の掌底を付ける。  そして角兎(ホーンラビット)の角を、根元から叩き折った。 「えっ、嘘でしょ……」  角を失った角兎(ホーンラビット)は地面へ転がり、女は呆気を含む声を漏らす。  すると角兎はそのまま逃走し、森の茂みに紛れて遠ざかった。  それを見送るエリクは、小さな息を漏らして呟く。 「角が無ければ、ただの大きな兎と変わりはない」  そう述べた後、エリクは屈みながら角を拾い上げる。  すると微妙な面持ちを浮かべて、角を見ながら呟く。 「これは、売れば金にはなるんだろうが……」 「……ねぇ、ちょっと」 「ん?」  話し掛けて来る女に、エリクは顔を向ける。  そして距離をたもちながら警戒している様子を確認し、改めて話し掛けた。 「すまない。何者かと思い、後を追っていた」 「……今まで、付いてきてたの?」 「昨日の夜から」 「気付かなかった。……それで、貴方は誰?」 「俺は……」  エリクは自分の名を教えようとしながらも、咄嗟に口を閉じる。  相手が帝国人であるにせよ王国人であるにせよ、自分の名前を知っている者だった場合にとても面倒な事になる事を予想したのだ。  自分(エリク)がこの森で自分が隠れているのが暴かれる事を考えたエリクは、自分の事をどう話すか考え沈黙してしまう。  その様子から更に猜疑心を深めた女は、改めて口調を強くしながら問い掛けた。 「どうしたの。名前、言えないの?」 「いや……」 「それとも、言えない事情でもあるの?」 「……」 「やっぱり、そうなのね」 「!」  呟きながら覗く視線を鋭くさせた女は、懐に隠した短杖を右手で持ちながらエリクに向ける。  それに反応したエリクは咄嗟に短杖の矛先から回避し、大柄の身体を横へ飛ばした。 「――……『聖なる光(ホーリーレイ)』!!」 「……これは、魔法か」  エリクが避けた瞬間、光の矢が高速で通過して後方にある木に穴を開ける。  それを見たエリクは、それが魔法だと気付いた。  何度か王国と帝国が小競り合いを行う中、彼は帝国兵士が魔法で攻撃する姿を思い出す。  そして魔法を撃った女が、再び怒声を向けて来た。 「もう追っ手がここまで来てるなんて、帝国もマヌケばかりじゃないわね!!」 「……追っ手、だと?」 「私はもう、あんな皇子の所なんて戻らないわよ!! あの馬鹿と結婚させられるのも、殺されるのも真っ平ごめんよ!!」 「……お、王子と結婚? 殺す?」 「……貴方、逃げ出した私の追っ手でしょ? お父様が差し向けたの? ……それとも馬鹿皇子が差し向けた暗殺者? ここに私が居るのが分かった上で追って来たなら褒めてあげたいところだけど、連れ戻されるのも殺されるのも、絶対に嫌っ!!」  声を張り上げてる若い女は、身体を動かし顔を隠していた(フード)が取れる。  そこに見えたのは、長く綺麗な金色の髪と、青い瞳を持つ十代半ばの少女。  整えられた顔立ちは王国の貴族令嬢すら圧倒できる、美しい女性だった。
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