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第010話 検問所
ガルミッシュ帝国領内、北港町ポートノース。
帝国首都から馬で緩やかに進んで五日の道程に位置するこの港は、主に北の国と南の南の国からの輸入品を、海路を用いて輸送している場所である。
帝国は大陸の中央に位置する中で、東側にベルグリンド王国を控え、西側には魔物や魔獣の多い地帯が控えており、帝国領内でも北と南にしか港町を設置できなかった。
本当であれば、南に向かうなら陸路の方が遥かに簡単だろう。
「――……君が出した手紙で、陸路が危ういからこそ、か」
「そう。それに帝国領内の陸路は、各地に検問所が設置されてて、陸路だと何回も検問所を通らなきゃいけないの。私が通ったら、お父様やお兄様が手を回してる兵士達に捕まっちゃうかも」
「海路は平気なのか? それだけ厳しいなら、港町までに検問所はあるだろう」
「あるけど大丈夫。私達が通る検問所は、僻地の農村や村の道に続いたものだから」
「……それが、検問所を通過するのに、どう関係するんだ?」
「つまりね、私達が通る道は、そういう農村や村から出てきた田舎者だけが通る道なの。そんな場所を、公爵令嬢だった私が、粗野で乱暴そうな男と一緒に通るなんて、その道に構えた検問所の兵士は思い難いでしょ?」
「それは、そうなのか? ……しかし君は、見目が美しい。そのままだと、見た目でバレるんじゃないか?」
「あら、褒め言葉ありがとう。ふふん、言ったわよね? 私は帝国の魔法学園では、トップの成績だって」
「?」
「それに、貴方用に途中の村で買った、この大きな黒布を……」
そう言いながら、道中の休憩中に針と糸を鞄から出したアリアは、黒布を縫い合わせた。
エリクはその光景を見ながら、何をしているのかと考えつつも、それを理解できたのは、港町前に置かれた検問所の一つを通る時だった。
「待て。身分をあらためてせてもらう。顔を見せろ」
黒い大布を外套代わりに頭まで纏うエリクと、同じように黒い布で身に纏ったアリアが、検問所の兵士に命じられて立ち止まった。
そして互いに顔を合わせて頭のフードを外し、その顔を晒した。
エリクはフードを外したアリアの綺麗な金髪が、そして青い瞳が黒色に変色していることに内心で驚く。
そのエリクにアリアは右目をウィンクさせ、一歩前に出て兵士と話した。
「私はアリス。そしてこちらは私の父エリオです。私達は親子で、コゼット村から来ました」
「!?」
穏やかに淀み無く話すアリアは、エリクとの関係を親子だと偽る為に、魔法で瞳と髪を黒く染めたらしい。
そうした話を聞いた検問所の兵士は、エリクの方を見ながら訝しい視線を見つめ、それからアリアにも視線を向けつつ話した。
「コゼット村か、随分と遠い場所から来たな」
「はい。父は元帝国兵士で、腕に覚えがありまして。私はそんな父に付いて行き、旅をしつつ傭兵稼業を生業にしようかと思い、ここに仕事を探しに来ました。無ければ定期船で、南港町まで向かおうと思います」
「確かに父親の方は強そうだが……。君のような娘が傭兵稼業を生業に出来るとは思えないな」
「私、帝国の魔法学園に通っていました。これがその、証明になりますよね?」
「……確かにこれは、魔法学園の卒業者に送られる銀の首飾り。意匠も、彫られた名も魔石で光っている。……間違いなく、本物だな」
「魔法学園は帝国の中でも実力主義だとは、兵士様にも御存知だと思います。私はその課程を全て合格し、この首飾りを貰いました。少なくとも魔法の腕は、その首飾りに誓って保証を致します」
「……なるほど。君は魔法学園を卒業できる程の、優秀な魔法使いというワケか」
「はい。得意魔法は風と光系統の魔法です」
「光魔法の使い手なのか。……分かった、君達の通行を許可しよう。そして、頼みがある」
「頼みですか?」
魔法学園の卒業証明となる銀の首飾りを見せると、兵士はアリアにそう頼むように話した。
「実は、今の北港町では回復魔法の使い手が不足していてな。つい先月、魔物と魔獣の被害に遭ったばかりなんだ」
「まあ、そうなんですか?」
「怪我人の大半は港町まで運ばれたのだが、回復魔法の使い手がおらず、医者の手も足りない。まだ完治できず苦しむ者も多いようだ。彼等の回復を手伝ってほしい」
「勿論です。魔法学園を卒業し資格を得た身として、帝国臣民を救う助力をさせて頂きます」
「ありがとう。それでは通ってくれ。港町に着いたら、マウルという医者を尋ねてほしい。町の者達に聞けば、分かるはずだ。依頼の報酬は、マウル医師を経由して届けさせる」
「はい、分かりました。それでは失礼します。お父さん、行きましょう」
「あ、ああ……」
そうした事を話し終えたアリアは、エリクを連れて検問所を通過した。
そして黒髪と黒い瞳のままのアリアに、エリクは尋ねるように聞いた。
「さっきのは、どういうことなんだ?」
「やっぱり知らないのね。この首飾りを持つ魔法学園の卒業者は、帝国領内では検問所を始めとした、国が関わる施設への入場や通行を認められてるの。この認識票を持っているということは、予備役の軍属扱いになるのよ」
「君は確か、卒業式というのが行われる前に、逃げてきたのではなかったか?」
「その卒業式は馬鹿皇子の為のモノ。私は魔法学園在学中に、全部の課題を終わらせて卒業資格を一年前には得て受け取っていたの。だから前もって貰っていたのよ。当の馬鹿皇子は、課題を何一つ終わらせることなく、お情けのコネ卒業だけどね」
「そ、そうなのか」
「そうなの。……話を戻すけど、魔法学園の卒業者の私と、その父親だと思われた貴方は通行を認められたというワケ。でも、魔法学園を卒業する魔法使いは優秀だから、帝国領内の何処でも引っ張りダコなのよ。さっきみたいな依頼は、使える魔法によって魔法学園卒業者には兵士伝手で依頼が来たりもするのよ」
「そうなのか。丁度、魔法使いを必要とする時期に来れたおかげで、すんなり通してくれたということなのか?」
「偶然じゃないわよ。私はそういう情報をちゃんと知ってたから、北の港町を第二の脱出ルートにしてたの。回復魔法の使い手が少ない土地で、偶然通行する魔法使いが回復魔法が使えるなら、兵士達は私に頼むのは当たり前でしょ?」
「そうか。……さっき、その首飾りを兵士が検めた時、名前が偽名と一緒だと言っていたが?」
「ほら、こうして闇属性の魔法で幻影文字を首飾りに貼り付けて、こうして文字を変えるの。ほら、アリスが私の本名に戻ったでしょ?」
銀の首飾りにアリアの人差し指が流れ通ると、首飾りの銀の認識票に刻まれた文字が変化した。
それを凝視するエリクは少し悩みながら、素直に話した。
「……すまん。読めない」
「え? ああ、そうか。喋る言葉は同じでも、エリクは王国出身だから、帝国語は読めないのね」
「いや。俺は王国語も読めないし、書けない」
「え?」
「俺はそういう、文字というモノを習う事がなかったからな」
それを道中で聞いたアリアは、思わず立ち止まってエリクに聞いた。
「エリク、貴方は喋る言葉は、誰かに習ったの?」
「習っていない。貧民街の者達が喋る言葉を聞いて、所々の単語を覚えただけだ」
「じゃあ、もしかして。私が言ってる事で意味が分からない言葉とか、結構あるの?」
「ああ。会話程度は、少しは分かる。それ以外の難しい用語や単語は、よく分からない。貴族達の言葉も難しい言い方が多くて、分からなかった」
「……」
「それが、どうしたんだ?」
立ち止まったアリアの顔を見ながら、エリクは不思議そうに聞いた。
そしてアリアは頬を膨らませながらエリクの傍まで寄って、こう伝えた。
「エリク。私が文字も言葉も教えるから、ちゃんと文字を覚えて喋って書けるように、そして意味を理解できるようになりなさい」
「え?」
「これから先、私が傍から離れて、貴方一人で行動する事もあるでしょ?さっきみたいな事態になった時、ちゃんと乗り越えられる知識や書ける文字は増やさないと」
「いや、俺は別に……」
「そうしないと、私が困るの! 町に着いたら宿屋を取って、貴方に文字を教える。簡単なモノくらいは書けるようにね」
「……分かったよ。雇い主の命令なら、しょうがない」
「よろしい。さぁ、あと少しで港町よ。行きましょう!」
再び歩き出して先頭を歩くアリアは、何かを怒りながら進んだ。
エリクはアリアが怒った理由がよく分からず、頭を掻きながら後を追うように歩いた。
この時のアリアは、彼が物事に疎いのではなく、物事を理解できる知識を誰からも教えられず、またソレを利用していた者達を怒っていた。
恐らく今までのエリクは、貴族に悪口を言われても気にしていないのではなく、彼等の言葉を理解出来ていなかったのだろう。
やたら高尚な言い回し振りながら、相手の弱点や腹を探り、そして貶したがる貴族達は多い。
そんな貴族と対面し、何を言っても動じないエリクを見れば、貴族達は苛立ちを持つのは当たり前だろう。
そして平民生まれの貧民に武勲を独占され、それをきっかけとしてエリクを冤罪に陥れたことを、今のアリアは思考に浮かべていた。
エリクは言わば、理解できる言葉を理解し、それに従い続けただけに過ぎない。
今までの言動と先程の話でそれを理解できたアリアは、脳内の蟠りを晴らす為に、先程の申し出を行ったのだ。
「何が王国の英雄よ。ただ単に使い回されてただけじゃない。……ふふ、私がエリクを、帝国騎士団にも負けない立派な戦士にしてあげるわ。そうすれば王国の奴等が切り捨てた事を悔しがって……。ふふ……フフフフ……ッ」
「……何を笑っているんだ?」
「こっちの話。さぁ、行くわよ!」
「あ、ああ」
小声で呟きながら含み笑いをするアリアに、エリクは邪念を感じつつも、そのまま北港町ポートノースまで歩いた。
ただ逃げるだけの旅に刺激を求めたアリアは、エリクという磨ける対象を見つけた事で、公爵令嬢時代の悪い癖を見せていた。
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