かつての同僚

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「…だめ、なの?」 「何が?」 「もう…わたしじゃ、だめになったの?」 「え? 何言って…」 「好きって、気づいたのに…わたしじゃ、…ダメになったの?」 みっともなく涙がぼろぼろこぼれて止まらなくなる。 ヒナは、何も言わない。 言わないまま、ぎゅっと急にわたしのことを抱きしめた。 「なっ、…なによ…はな、…」 「ちょっと黙って、嬉しくてしかたないんだよ」 「え?」 「君が僕を好きになってくれて、嬉しい…」 「ちょ、さっきの子は? すっごいイチャついてたじゃない」 「イチャ…仲がいいって言ってくれないかな、妹の萌だよ」 「…え? い、妹?」 「そう、日生萌。僕の妹だ」 「そんな話、一度も…」 「するわけないだろ? シスコンだって気づかれたくなかったし」 「シ、…シスコンなんだ?」 「うん。ごめん」 妹、だったんだ…。 よかった…。 「安心した?」 にっこり笑って聞かれると恥ずかしくなり、素直に頷けない。 「…なんで一緒にいたのよ」 「あぁ、百貨店の女性の指輪売り場についてきてもらったんだ。一人じゃ恥ずかしいだろ?」 「指輪? なんでそんなの」 「君に渡したいから」 「…え?」 「本当は今日会って言うつもりだったんだけど、…」 「なに?」 「結婚しよう」 「!!」 い、今…なんて言ったの? 「もう一回言って?」 「結婚しよう。君の旦那さんに、僕はなりたい」 「…ヒナ…」 「いい加減その呼び名は、格上げしてほしいね。君は、日生紫織になるんだから」 「…克…」 「よろしい」 くしゃりと撫でる日生克の大きな手に、紫織は花がほころぶような笑顔を見せた。 結婚後、わたし達は娘を授かる。 結婚して彼のシスコンぶりは悪化した。 「だから言ったじゃないか。若菜に外泊するなって言ってくれって。聞いてるのか、悟!!」 でも、もうわたしは「だめ」という言葉を口にしなくなった。 あなたのそばで言うのは、 「いいですか? 旦那さま」 長電話を止める時のお決まりフレーズだ。 小さな娘は、わたしと同じポーズで彼の膝にちょこんと座る。 「…あ、ごめん」 「ぷっ!」 「笑うことないだろ」 「だって、ね~?」 「ねー」 『いいですか?』 これからもそれだけをあなたに言っていたい。
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