おとなりさん。

2/10
2人が本棚に入れています
本棚に追加
/10ページ
 時田がキッチンで鍋をかき回している。ぐつぐつと煮えたぎっているのは三日前に作ったカレーだ。ルーの配分を間違えたせいで鍋一杯にできてしまったシーフードカレーも、今やあと一食分ぐらいにまで減っていた。今日はカレーうどんにしようと考えたのだろう、時田はうどん麺をそのまま投入していた。ぐるぐると菜箸でかき回し、うどんをお椀にいれようとしたそのときピンポーンとノイズが入り混じったチャイム音がなる。時田の部屋の外では、茶色の髪をした大人しそうな女性が手土産をもって緊張した面持ちで立っていた。確か大家が隣の空き部屋に女性が引っ越してくるといっていたのを思い出す。 「はいはい~どちらさま~」  時田が気の抜けるような声で返事をしている。片手に菜箸を持ったまま、扉を開けると目の前の女性がそれと同時に「と、隣に越してきたみ、み、三島ほかにといいましゅ!?」と盛大に噛みながら手土産を突き出した。それをポカンとした表情で時田は見ていたが、はははと声を上げて笑い出した。 「そんなに緊張しなくてもいいって。おれ時田悠斗ってんの。聖関大学三年生。そっちは?」  三島の緊張を解かせようと、穏やかな声で語り掛ける時田に三島は強張った表情をゆるめはにかんだ。 「わ、私も聖関大学で今度の春から一年生なんです」 「え、大学の後輩!?いや~それは嬉しいなあ。ここ大学からちょっと離れてるから同じ大学の人ほとんどいないんだよね。何学部?おれ経済学部」 「ぶ、文学部です」 「おおっ。本読んじゃう系?今度オススメの本教えて」  人懐っこく接する時田に、三島の頬が赤らんでいく。時田は人好きのする笑顔で「これからよろしく。おとなりさん」とにこやかに言った。
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!