あなたを好きでいたいよ

11/58
前へ
/58ページ
次へ
紫織にベッドを貸した僕は、リビングのソファで眠った。 リビングにいたのは、ベッドを貸した事だけじゃなく、 帰ってきた昌行に紫織が待っていたことを、 教えたい気持ちもあったから。 昌行には、秘密主義なところがあった。 心を開いているようでどこか一線を引かれている。 表向きの態度は、気さくでも本当は何を思っているか、 わからない部分も彼は持ち合わせていた。 役員や上司先輩に可愛がられながら野心も持つ彼は、 高級な店に同行することもあるのか、明け方帰宅した折。 彼からは酒に交じって女性の香水とわかる香りを漂わせていたこともあった。 それは、僕がルームメイトだから知っていること。 彼のそんな行動を紫織は、知らないだろう。 社会人の大人で、彼がどんな行動をしようと僕の立ち入ることじゃない。 ましてや男女関係のことに僕が口を挟めるはずもない。 だから僕は、昌行にも紫織にも何も言わない。 ただの傍観者でしかないんだ。 「……ナ。ヒナ、起きて?」 ソファで眠っていた僕を揺り動かしたのは、紫織だった。 「ん…紫織? どうして君…」 「わたしにベッド貸してくれたでしょ?」 「あぁ…。そうだった…」 寝起きでまだ頭がよく動かない。 体を起こす頃になって、ようやく回り始めてきた。 「…昌行は? まだ寝てるのかい?」 「………」 返事は、すぐに続かなかった。 「…帰って…こなかったわ」 「そう…」 僕に背を向けている彼女の表情は、見えない。 なんて言っていいかわからないでいると彼女が続けた。 ひどく消え入りそうな声で…。 「……まだ怒ってるのかな」 「え?」 「この間、ちょっと喧嘩してね? 昌行を怒らせちゃったの」 「君がかい?」 そんな事をするようには思えないからだ。 「昨日は、ヒナに結婚ってどう思う?なんて聞いておいて、 本当は、今もつきあってて自分が彼女なのか、わからなくなってるの」 「紫織…」 「不安なのって自分の気持ち、話したら…俺は忙しいんだって…」 震えた肩に泣きたいんだろうなって思った。 服の上にわずかに見えるのは、細いチェーンのペンダント。 シンプルな一粒ダイヤのついた…。 彼にもらったのだと嬉しそうに笑っていた彼女が浮かんで。 思わず手を伸ばしかけて、その手を戻し握りしめた。
/58ページ

最初のコメントを投稿しよう!

78人が本棚に入れています
本棚に追加