あなたを好きでいたいよ

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「…ごめん、湿っぽくて。ダメね、ヒナには甘えてばかり。わたし、帰るね…」 「あ、あぁ…」 いつものように彼女の手を取り、紫織が部屋に帰ろうとする。 「ベッド貸してくれてありがとうね」 「いいよ。そんなこと…」 胸騒ぎがする。 何だろう、この落ち着かない気持ちは。 「ねぇ? わたし、昨日ヒナに何かした?」 「え?」 それは、キスのことを言っているのかわからず、 何もなかったよと僕は答えておいた。 「そう…。ここで手を取ってくれたのも、最初からずっとヒナだったね」 「昌行だったこともあったろ?」 「一度だけね。あんな恥ずかしい事そう何度もできるかって言ってたわ」 「彼らしいな」 「…ヒナ、わたし、来週には寮を出るの」 「え!? どうして…」 「男子寮も同じだけど、入社して3年以上経つと、 出て行かなきゃいけない規則なの」 「あぁ、それで…」 「昌行と同じ時期に一緒に出て、二人で同居する話も出たけど、 先にわたしだけ一人で出ることになって」 「そうだったのか…」 「もうこんな風にヒナに手を取ってもらってここへ来ることもなくなるのね…」 「なんだよ、もう会わないわけじゃないだろ? 昌行にも僕にも…」 「…うん…」 口ではそう言いながら衝動的に僕は、 彼女の手を離したくない思いに駆られていた。 「ヒナ?」 俯いた僕を紫織が覗き込もうとすると、 胸元でダイヤが光り僕は、彼女の手を離した。 「引っ越しの日には、もう会えないと思う。今日までありがと」 「……うん」 それが同僚だった時の彼女の、最後の笑顔になった。
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