あなたを好きでいたいよ

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紫織が寮を出ると自ずと彼女と会うことは、減った。 それどころか彼女がどうしているか一切の情報が入らなくなった。 同僚といっても課は、違うしお互いに営業だから出張もある。 運よく社内で会えば少し立ち話ができるかできないかくらいだ。 やがて昌行と紫織の間に本格的な挙式の話が上がっていると、 風の便りに聞いて僕は、もう彼らのことを…。 紫織のことを気にかけるのはやめようと思った。 仕事に集中するんだ。 集中しようとするのにそれなのに僕は、… 幸せそうに見えない紫織を何度も見かけていた。 「昌行、待ってよ! ちゃんと話を…」 「うるせーな。親どもに好きにやらせてやればいいだろ?」 「でもわたし達のこと…」 「もういいだろ? 離せよ、忙しいんだよ」 「きゃっ…!」 振り払われた腕…。 自分の彼女を突き飛ばしておいて手も差し伸べず、 そのまま行ってしまう昌行。 地面に手をついたまま動こうとしない紫織に、 容赦なく雨は降り、髪や顏、肩を濡らしていく…。 僕が屈み、傘をさしかけると彼女は顔を上げた。 涙と雨で顔は、ぐちゃぐちゃだ。 彼女が立つまで僕はそこにいた。 何も言わず彼女は、立ち上がり、 傘を渡そうとする僕を振り切り、雨の街へ彼女は、消えていった。 これが答えだ。 僕には、何もできない。 何もできず、ただ見ているだけ。 わかっていたじゃないか。 最初から彼女は、彼を愛しているのに…。 その中へ僕が入れるはずもない。 どうして…。 どうして君を笑顔にすることができるのが、 僕じゃなく。 彼なんだろう…。 もう見たくない。 誰かを想って泣く君の顔なんて…。 僕が見たいのは、…。
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