あなたを好きでいたいよ

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青山の書店といえば場所は限られる。 おそらく駅前の、地下鉄から上がったところだろうか。 「口説きたい奴は、青山へレッツゴー!」 酒が入って紫織が美人となればそんなノリも出てくる。 「やめとけー」 わいわいと騒ぐなか、茶化すように。 だけど少し違うニュアンスで月島さんは、つけ加えた。 「お前らじゃ口説けねぇよ。…なぁ?」 その時彼は、僕を見て言った気がした。 紫織が青山にいる。 うちの会社とは、反対の…随分離れた場所にいたんだな。 仕事も営業じゃなくて販売。 店内の時計を見ると夜の8時も過ぎた頃で、 これから青山に行っても、書店の閉店時間には間に合わない。 店を出る時には、彼女に会いに行こうと決めていた。 その数日後僕は、いつもより早く仕事を切り上げ、 紫織のいる青山の書店へ訪れた。 立地の関係上、ほとんどの客が学生で僕のような会社員は少ない。 書店の従業員も若く少数の正社員とバイトといった感じだった。 書店には、会社員のような制服はないのか。 男も女も白いシャツの上に同じ色のエプロンをかけ、 会社員だった時より彼女は、パンツスタイルで、 幾分きりっとした格好をしている。 髪切ったんだ…。 前は、長い髪に隠れて見えなかった首筋が、 やけに白く映って見える。 全体的に後ろ姿しか見えないけど痩せたな…。 「北川さん、石田くん、周防くん、在庫確認に行くから一緒に来て?」 紫織の指示に三人の後輩らしき子達が彼女の元へ集う。 「!」 振り返った彼女に僕は、目を見開いた。 彼女は、後輩に何か話していて僕には気づかない。 月島さんの言葉には意味があった? そこにいたのは、僕の知っている上條紫織ではなかった。 彼女は、もっとはつらつとした女性で…。 会社員だった時よりもずっと痩せて、 あまり眠れてないのか目元は、実年齢よりはるかに上に見える。 やめとけってこういう事だったのか…。 とても話しかけられなかった。 近くまで来ているのに、書店の外から見つめるだけで、 それだけで帰宅したことも何度も続いた。 だけど君に会いたい…。 君の声が聞きたい…。 僕が彼女に声をかけられたのは、 月島さんに聞いて、 一カ月が経った時のことだった…。 「…ヒナ…?」
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