あなたを好きでいたいよ

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地下鉄が揺れている間。 静かになったかと思えば紫織は、眠っていた。 どんな夢を見ているのか長い睫の端に涙がこぼれて… 拭おうと手が動きかけたけど。 起こしそうでやめた。 …痩せたなぁ。 出会った時から華奢だったけど、 この2年でもっと儚げになった。 目を離したら、本当に消えてしまいそうな、 そんな不安が胸を掻き立てる。 フラフラと安定しない彼女の頭を自分の方へ引き寄せ、 肩にかかる彼女の重みとぬくもりを僕は、感じていた。 「よく眠ってたね。疲れてたの?」 起こすとまだ眠たげな紫織は、少し間を開けて聞き返した。 「……わたし、…寝てた?」 「そうだよ?」 不思議そうな顔をするので僕も疑問形で返した。 そしてまた黙る。 電車から降りて地下鉄の階段を上がりきると潮の香りがした。 眼下に広がるのは、誰もいない夜の浜辺と押し寄せる波。 見ているのは空の星と寄り添っている月だけ。 海から吹いてくる風が心地よくて僕は、防波堤を降りて砂浜へ行こうと誘った。 嫌がる様子もなく紫織は、僕についてきた。 風が彼女の髪を揺らし、肩にジャケットと鞄をかけている僕を見て、 スーツで来るところじゃないわねと笑う。 今の笑顔は、心からの笑顔だ…。 不意に紫織は、口を開いた。 「…社員寮も海の近くにあったわね」 「あぁ、そうだったね。みんなで海に行った」 「懐かしいわ…。ヒナと再会してからわたし、あの頃のことばかり思い出してる。 嬉しかったこと、楽しかったこと、悲しかったことも苦しかったことも…」 「………」 「部屋を行き来する時、ヒナがわたしの手を取ってくれたのもこんな夜だった…」 「僕は、結構楽しんでいたよ。…君の手を取って部屋に入れること」 泣きたいような、笑いたいような顔をして紫織は、僕を見つめる。 「……ヒナは、変わらないね。わたしは、変わったわ…。 ねぇ? どうして会いにきたの? 会いたくなかったわ…。こんなわたしのままで…」 こぼれ落ちるのは、内省の言葉。
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