あなたを好きでいたいよ

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盆も間近というピークの夏。 眩しい日差しにつんざくようなセミの鳴き声が響く。 市街地から電車を乗り継ぎ、30分から1時間弱。 駅に降り立った日生克は、すぐ噴き出した汗を手の甲で拭い、 総務から渡されたメモを頼りに賑やかな駅周辺から離れ、 少し外れの住宅街へ歩き出した。 僕が社会人になったのは、この春だ。 中流家庭の長男に生まれ家族は、両親と双子の妹に弟がいる。 家族思いの父のせいか僕は、家族が好きだ。 実家から通勤するのに問題ない距離の会社をセレクトしたのも、 僕自身が家族と過ごす時間を持ちたかったから。 だけど現実はそう甘くなかった。 採用された営業一課は、総勢30名は軽くいるだろうか。 二課を合わせれば倍以上の人数は、いるだろう。 新人ゆえに覚えることも多く、慣れない仕事をこなす中で、 先輩についての出張や接待も多くある。 仕事は、大変だけど充実して不満はない。 それでも重なる出張や接待があると、よくて終電ギリギリ。 悪い時は、狭いカプセルホテルで急遽一夜を過ごす羽目になることもしばしば。 これは、まずいな…と感じ、今更ながら社員寮に入ることを、 家族に話してみたらそれぞれのコメントが返ってきた。 「体には、いいかもしれないわねぇ。寮母さんがいるなら母さんも安心だわ」 「兄さん、家を出ちゃうの? 寂しくなるわ」 「暑苦しい(兄貴)のがいなくてかえってよくないか? 萌」 「大丈夫! 兄ちゃんがいなくても、俺がいるよ」 ん? 一名言う事が違わないか? まあ彼女の愛情表現は、いつもああだから気にしない。 どうにもお父さんの単身赴任のように感じつつ…。 僕は、社員寮の門扉をくぐった。寮は、古いと聞いていたから外装もさぞや古いのかと思えば、 想像より古くなく築15年から20年ぐらいか。 一見こぎれいなマンションにも見える。 クーラーの効いたエントランスに入ると汗は、すぐ引いて、 寮母さんがやってきて僕を出迎えてくれた。
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