あなたを好きでいたいよ

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多忙な日が続いた。 無理を言って紫織にシフトを調整してもらったのに、 昨夜の接待の酒は、抜けきらず起きれない。 約束の時間になっても来ない僕の部屋へ紫織がやってきた。 「なにがデートだと思ってるからよ」 少しばかりの文句を受けた後、その時紫織が僕の番号を、 携帯に登録していたと憶えていなかった事が判明。 (そう言えば彼女の携帯に登録したのは、僕だった) 時折僕の寝起きが悪くなることを知っている彼女は、 コーヒーを飲むためにキッチンにいた。 せっかく紫織が来てくれたんだ。 せめて夜においしい物でも食べに連れて行ってあげたい。 そんな考えを巡らせていたら、インターホンがなった。 「なってるわよ?」 僕が出るのが筋だけどまだ酒が残る体で出たくなかった。 「君が出て」 「いいの?」 「いいから、いいから」 どうせ大した事はないと思ってたんだ。 やってきた人物が、紫織の忘れられない昌行とも知らずに…。 「…昌行…」 聞こえてきた彼女の声にしまったと思った。 昌行とのつきあいは、まだあるもののよりによって紫織がいる時に。 もちろん彼が今日来るなんて聞いていない。 案の定彼女の肩は、小刻みに震え、 昌行が紫織の名を口にした刹那、彼女の目元を手で覆った。 返された本を受け取りながらムッとしている自分がいた。 結婚してまでまだ紫織の名を呼ぶことに…。 既婚の彼に意味はないけど宣告したくなった。 彼女より野心を選んだこの男に…。 「紫織は、僕がもらったから」 昌行の瞳は、わずかに見開き、そうかと言った。 彼がドアを閉めると紫織の目を覆っていた手の内側が涙に濡れていた。 昌行との再会は、いい機会だったかもしれない。 僕は自分のことすら見失っている紫織に自分を取り戻してほしかった。 だから正面から彼女にぶつかった。 「あなたになんてわからないわよ!」 「わからないさ! だからわかりたいんだ」 紫織から滲むのは、終わった恋のカケラ。 生々しくむき出しにされた傷跡。 優しさも温もりも求めながら弾く矛盾と脆さ。 微かに垣間見る少しの期待…。
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