あなたを好きでいたいよ

35/58
前へ
/58ページ
次へ
あの人といる女性(ひと)が彼に好意を持っているのは知っていた。 親しげに話す二人の様子に無言にもわたしは、 彼からの言葉を欲した。 言ってほしかったの…。 「好きなのは、紫織だけだよ」 「彼女とは何もないよ」 器用なくせにそんな事は言えない無骨な人でもあった。 変わっていくあの人を見ているのは不安だった。 離れていくのを感じながら一緒にいるのは寂しかった…。 ずっと思ってたわ。 なぜわたしだけを好きでいてくれないの? どうして離れていくの? 営業アシスタントのその女性が常務の愛娘と知ったのは、もっと後。 いつの間にか社内では、“わたしが昌行とつきあってると思い込んでいただけ” そんな噂が飛び交って平気だと思おうとする自分がいた。 少しずつ広がる距離と心変わりに怯え、どうすることもできないでいた。 切り出せたら楽になるとわかっているのに…。 それでもさよならを言えなかった。 本当に 好きだったから…。 トラウマ?  どうかしてるわ…。 あの二人をヒナに重ねるとか。 長く…甘美なキスが続いた。 二人を繋ぐ銀糸が途切れると紫織の手を取り、 手の甲へ軽いキスを落とす。 チュッチュッと落とされる唇にくすぐったさを感じながら、 男の舌が指の間に絡まると肩がピクリと揺れ、反応した。 もどかしい触れ方なのに性感帯のある指先を口に含まれると、 じわりと体の奥が熱を持ち、その熱が広がっていく…。 「ねッえ、…手好きなの?」 「君の体は、どこも好きだよ」 熱っぽくあっさり答えられ、今度は一本ずつ唇に挟まれ、 男のそれにするように舌先で扱かれると何度となく腰が揺れてくる。 もじもじする様子にようやく指が解放される。 「離したくないと思ってたんだ…」 「え?」 「君が自分の部屋へ帰っていく時…」 「寮のベランダのこと?」 やわらかく微笑んだ瞳と瞳がぶつかる。 「髪の間から見える首筋にキスして、…それから抱きしめたかった」 「…全然気づかなかった…」 どちらからともなく重ね合わせるだけのキスをする。 中途半端にはだけたシャツから覗く胸元。 手をかけると脱がしてくれるの?と甘く微笑まれた。 「好き…」 たまらなく愛おしくなってあふれた言葉に、 また強く抱きしめてくれる。 どうしてこの人とのキスは、こんなに気持ちいいの。 触れる指も、抱きしめてくれる腕も包むような安心感をくれる。 胸に顔を埋められたのが淫靡な合図となった…。
/58ページ

最初のコメントを投稿しよう!

78人が本棚に入れています
本棚に追加