あなたを好きでいたいよ

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「忙しい?」 ポップ作成の作業に没頭していると頭上から降ってきた声に顔を上げる。 「ヒナ! …じゃない。克…」 まだ名前で呼ぶことができない。 「ゆっくりでいいよ」 口元を押さえて黙りこむわたしの頭を撫でてそう言ってくれる。 「営業の移動中?」 「うん。会社に戻る前に見たい本があって」 「言ってくれたら会う時に渡すのに…」 「君に会う口実だよ」 さらりと言われてドキッとする。 「紫織、ちょっとこっちにきて」 「な、なに?」 腕を引き寄せられ、人目につかない角で耳打ちされる。 「今夜は、遅くなりそうだから僕の部屋にいてくれる?」 「う、うん」 「じゃまた後でね」 「!」 短く唇にキスされて慌てる。 「こら、人の職場で何を…!」 いたずらした子供みたいに笑って無言で手を振って、 店を出ていく背中に胸がキュッとなる。 今更こんな程度のことでなにを…調子が狂う。 一瞬だけ重なった唇が熱い。 ほんのり胸が温まるような幸せを感じながら、 一方でわたしは、不安を感じていた。 『僕と一緒に神戸へ来てほしい』 プロポーズは、嬉しいけど彼と結婚するなら仕事を、 書店を辞めなきゃいけない。 わたしに結婚話が持ち上がるのは、二度目。 あの時とは、相手も状況も違う。 だけど結婚後、環境も変わるしなんだか不安で…。 わたし、本当に大丈夫なの? ヒナとやっていけるかしら。
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