あなたを好きでいたいよ

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「焦ってたんだ…。 俺は、何をやっても日生には敵わなかった…。 仕事の成績も、お前への接し方も。 焦れば焦るほどお前は、どんどん離れ、成績も縮んでは開き、 また追いかけて追い越しまた開くの繰り返し、…それに疲れていった。 いっそお前から別れを切り出してくれたらと、 冷たく当たったりもした。 …正攻法じゃダメだと思った。 俺が出世を望んだのは、… お前を繋ぎとめておきたい一心だったはずなのに…。 上に上がろうとすればするほど、野心に溺れ、 いつの間にかお前の気持ちどころか、俺は自分さえも、 見失っていたんだ…」 不意に昌行がわたしを抱きしめた。 耳元で囁かれる声は、わたしから抵抗を奪う。 「…言っただろ。嫌いになったわけじゃないって」 抱きしめる腕に力がこもった。 最後の夜を思い出す。 抱き合った時の彼の言葉が胸に蘇る。 『お前を嫌いになったんじゃない。 お前のことが好きなのに、 お前を選べない自分のことが嫌なんだよ…ッ』 「俺は、俺は今もお前が… !」 「…ダメ…。それ以上…言葉にしないで…」 とっさに彼の唇を両手で塞いでいた。 あふれそうな涙に言葉がつまる。 もうわかったから…。 苦しかったのは、わたしだけじゃなかった…。 離れていくのを感じていたのは、わたしだけじゃなかった…。 昌行は、昌行のやり方でわたしを愛してくれてた。 それだけでもう…。 「もう戻れないよ…。…あの頃の二人には…」 そっと彼の口から手を離し、彼の指のリングを指でなぞる。 「…あぁ、そうだな」 我に返った彼がわたしを離すと、 最後にキスしようとし反射的に顔を背けてしまった。 また沈黙が流れる。 だって今のわたしは、ヒナのもの。 彼以外とキスしたくない。
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