あなたを好きでいたいよ

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「そうか。君は、自分の親御さんとの関係が彼を苦しめたと思っていたのか」 頷くと神妙な顔で思案顔になり、彼は質問を返した。 「君の実家の旅館は、今、どうなってる?」 「わからないわ。・・・わたしが戻ってこなかったから二人の兄の、 義理の姉のどちらかが若女将をしていると聞いたけど」 「義理のお姉さんだね・・・」 「母は、ハガキにああ書いてるけど・・・長兄から電話があって、 結婚しないで戻ってきて旅館を助けてくれって・・・」 「えぇ!?」 彼の素っ頓狂なリアクションに今度は、わたしが驚く番だった。 「もちろん嫌だって言ったわ」 「・・・・・・こういう言い方は、したくないけど君一人が帰っても、 旅館がよくなるかは別問題じゃないかい?」 「それは、わたしも思うけど・・・たぶん藁にも縋りたい気持ちなんだと」 「・・・・・・」 「なに? どうしたの?」 「いや君は、優しいなと思って。・・・君に出会えてよかったよ」 さらりと笑顔で言った彼の言葉に涙が落ちた。 「紫織?」 「何でもない・・・。嬉しかった、だけなの・・・」 これでいいのかななんて、わたしに恐れがあっただけだ。 同じ言葉をあなたから聞きたくなかっただけ。 『紫織お前に、出会わなければよかったよ』 黙って涙を拭う指先に顔を上げると、そっと胸の中に包み込まれる。 「・・・紫織、ひとつお願いがある」 「なに?」 「もっと僕に思うことをぶつけていいよ」 「え?」 「君が嬉しい事、悲しい事話してほしいんだ」 「・・・・・・うん」 「君は、僕が守るから。悲しみも、孤独さえも君に近づけない。 だから僕の隣でいつまでも笑っていてほしい」 心にすーっと澄み渡るような言葉だった。 「…克、神戸で待っててね。すぐ追いかけるから・・・」 「名前やっと呼んでくれたね。あぁ、もう嬉しいなぁ!」 「ちょ、痛い痛い! 力入れすぎだって」 「ごめんごめん」 それから彼の愛情表現の激しさは、その後ラテン系と言われるようになっていく。 けれどその愛情は、いつも優しくて包んでくれるのをわたしは知ってる。 過去に思いを馳せていた日生克のそばを若い女性社員が、 噂話をしながら通り過ぎてゆく。
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