あなたを好きでいたいよ

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そんな折、紫織のお兄さんから連絡が来た。 正確には長兄の奥さんの梢さんだ。 長兄夫妻は、その春ほぼ僕らと同じタイミングで、 Uターン転職し、故郷へ帰っていた。 働き者の梢さんは、働くにも場所がなく、 紫織が継ぐはずだった女将を買って出てくれたのだった。 それだけではなくご両親に代わって、顔合わせに出てくれると言う。 僕らには、願ってもない事を申し出てくれた。 顔合わせの店に行くと、説得されたらしい態度の長兄さんと、 その隣に着物姿の美しい女性が立っていた。 「し-ちゃん! 紫織ちゃん!!」 その女性こそが梢さんで紫織に駆け寄るなり手を取った。 「梢姉さん・・・」 「ごめんなぁ。何も知らんと・・・」 Uターンしてすぐ長野家(昌行の父親)の葬儀の際、 紫織のこれまでの事情を知ったと話してくれた。 梢さんは、出身の京都の言葉が未だ抜けきらない様子で、 久しぶりに会った紫織の手をしばらく放そうとしなかった。 長兄の歩さんは、始終無言だったけど、 帰る頃には、一言紫織に頑張れよと言ってくれた。 降りだした雨に肩を抱きよせ、傘に入れる。 紫織の指で婚約指輪が光った。 忙しいなりに急遽買ったけど彼女に似合うのを選んだつもりだ。 「ねぇ・・・結婚指輪まだよね」 「あぁ、そうだね」 「・・・買いに行くのは、神戸でもいい?」 「え?」 「引継ぎ、予定より早く終わりそうなの。だから・・・」 「・・・・・・」 「会いに来ちゃダメ?」 ダメじゃないよ。 「ちょ、ちょっと! 外よ!? もう皆、見てるじゃない」 思わず言葉より先に抱きしめてしまった僕に紫織が言う。 だけど君が本気で嫌がってないのは、手の力でわかるよ。 「・・・。空港まで迎えに行くから・・・待ってる」 「うん・・・」
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