あなたを好きでいたいよ

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入寮早々ルームメイトとその彼女に出会った僕だが、 長野昌行との生活は、悪くなかった。 彼は、気さくで人当たりもよく上司や先輩に可愛がられる。 後輩の面倒見もいいし、よくも悪くも目立つ。 最低限の共同生活のマナーは、しっかり守るし、 学生寮と違って二段ベッドなどではなく、各々に部屋が一つある。 小さな風呂とトイレに洗面所。 備え付けの狭いキッチンは、主に湯を沸かすために使う。 食堂は、社員寮の1階。 社員寮になる前は、1階のテナントは飲食店だったらしい。 そこを食堂に改装したのだとか。 部屋の冷蔵庫には、飲み物を入れるぐらいだ。 紫織の実家からスイカをもらった時には、入りきらなくて、 いくつかに切ってから入れたっけ。 僕も昌行も紫織も出勤時間は、 その日のスケジュールもあってバラバラ。 一緒になれば駅まで歩き、出社する。 寮生活に慣れた頃には、約束事ができていた。 紫織が僕らの部屋に来るのに事前に僕や昌行にメールか電話をする。 確かに危ないと言ったのは、僕だけど。 本当に彼女がそれをするとは、思ってもみなかった。 「ちょっと! なんで電話に出てくんないのよ?  部屋にいるの、わかってるんだからね!!」 「ごめんごめん、シャワー浴びてて電話に気づかなかったんだ」 まだ生乾きの髪からは、ポタポタと水滴が落ちる。 無造作にタオルで拭きながら電話していると彼女は、僕の説明に納得した。 「なぁんだ。そうだったの。…昌行は?」 「まだ帰ってないよ」 「そう…」 「部屋で待つかい?」 「うん」 「ベランダに出れる? 今から行くよ」 「ん」 カーテンを開け、からりと窓を開けると彼女は、もうそこにいた。 どうやら僕との電話をベランダでしていたらしい。 今夜は、月が明るいせいか彼女がよく見える。 出会った日のような迂闊な格好と違い、カジュアルな服装だ。 ベランダの手すりに彼女が手をかけ、もう片方を僕に伸ばす。 伸ばされた手を取って、こちらの方へ無事着地するまで見届ける。 もちろん帰りも同じ要領で。 自分の手の中に、一回り小さな手が納まる。 さらりとまとめられた髪の後れ毛が、首筋や鎖骨にかかった。 歳は、同じでもあきらかに僕と同時入社の女子社員とは違う。 その頃の紫織は、すでに大人の女性の雰囲気を醸し出していた。
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