二合目の防空壕

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 片手を上げて誰からともなく奇妙な挨拶を交わす。  夏休みが始まったばかりのこの日、登山口に集まった私たちにはいつもと違うある目的があった。それは、今まで一度も足を踏み入れたことのない防空壕を探検するということだった。だから登山口に集合した仲間たち全員、雨の予報も出てはいないのにゴム長靴を履き、探検用の懐中電灯や簡単な救急薬を入れたナップザックを背負った奇妙ないでたちをしている。  ゴム長は壕の中に長い年月をかけて深い水溜りができているかもしれないこと。救急薬は足元がどのような状況なのか誰も知らなかったので、万一転んで怪我をした時の用心だった。  私たちは誰からともなく一度荷物を肩から下ろし、各自持ってきた物の点検を始めた。  さほど時間もかけず確認を済ませ、一人ひとりが皆満足そうに頷いて荷物を担ぎなおした。準備が完了しいざ出発しようと足を踏み出したとき、背後に「太郎!」と呼ぶ女性の声が聞こえた。  振り返ると途中から自転車を押してきたらしく、スポーツシャツにコットンパンツ姿の少女がハアハアと肩を上下させていた。肩先で切りそろえた艶のある黒い髪がゆらりと揺れた。  少女は振り返った私たちを見て小さく微笑んだ。     
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