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今朝もいた。いつもの様に手にした白杖を突きながら、慎重に歩を進めている。そう、毎朝駅で見かける彼女は、目が不自由なのだ。そんな、美人というよりも清楚な雰囲気を漂わす彼女に、実は密かに恋をしてしまっている。誤解をしないで欲しいのだが、決して、恋愛の類のことなんて考えてはいない。ただ純粋に、話をしてみたいのである。コミュニケーションをとりたいのである。しかしその術が分からない。変に近づいていけば、怪しい人間と思われるに違いない。一体、どうすればいいのだろうか。そんなことを今朝も考えてる内、偶然、電車待ちの列の並びで、隣同士になってしまった。
彼女の横顔を、隠れる様にチラチラと横目で見てみる。俺は調べた、目が不自由な人であっても、夢は映像として見るらしい。夢の中でいい、彼女と見つめ合うことができたら、こんな幸せなことはない。と、その時だった・・・
「あの、大変失礼なんですけど」
何と突然、彼女が俺に話しかけてきた。
「いきなりこんなこと、大変申し上げにくいんですが」
「あ、な、何でしょうか」
心臓がやけにバクバクする。彼女に聞こえはしないだろうか。
「卵のニオイが、するんですね。それに油も交じった」
「・・・あっ!」
ヤバイ!、見ればスーツのポケット辺りに、半熟状態の黄身がしっかりとついている。さっき食べた目玉焼のヤツだ、最悪。
「す、すいません、教えていただて有難うございます」
「いいえ、普通の方より嗅覚が敏感なもので」
「これ、目玉焼きの黄身です。いっぱいツイちゃってますよ。子供じゃないんだし、みっともないなもう」
実はそうでもなかったが、何故か誇張して言ってみたくなった。分かりますよね、この気持ち。
「そんなについちゃってるんですか」
「もう、真っ黄色。固まりかけちゃってるし、これじゃあまるでタマゴ男ですよ」
彼女、笑っている。嬉しい!。そんな俺、意図的ではなかったが、更に不意に口をついて、
「すいませんね、夢に出てきちゃいそうですね」
「フフ、楽しい夢が、見れそうです」
こんな朝ってあるだろうか、天にも昇る気分だ。そこで反対側のホームから、電車の出発を告げる発メロが流れてきた。俺は思わず、嬉しさのあまり節をつけて、
「♪タマゴ男は夢の中・・・」
彼女、微妙な表情に変わってしまったが、ほんの一瞬だけ、口角が上がった。
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