38/39
21人が本棚に入れています
本棚に追加
/309ページ
 確かにそれは甚だ疑問だった。改めて病院の敷地内を見回すと、その規模の大きさに戸惑ってしまう。スキー場と旅館以外には雪化粧をした田畑に囲まれぽつぽつとまばらに家が生えている光景の中、四角い巨大な病棟が異物のように居座っている。それも二棟も。その様には、モネだかマネだかの巨匠が描く風景画に誰かが勝手に落書きし近代的なビルでも描き足したかのような違和感と不快感を抱かずにはおれない。 「ここは金持ちやお偉いさんの厄介な身内を閉じ込めるために建てられた病棟なんです」 「なんだと」  思っても見ない疑問の答えだった。新垣は驚きの声を上げるも、だが、同時にこの異様な光景には相応しい解答のようにも思えた。 「医療保護入院制度っていうものがありましてね。精神保健指定医の診断があれば保護者や扶養人の同意で精神障害者を本人の同意なしでも入院させられる制度があるんですよ。心の病気なんて素人には判断できないですから。人の心を壊すのも難しくはないですし」 「つまり格好の監獄というわけか……」  白い監獄。いくら純白の雪でその身を纏い取り繕おうとも、その不気味さを覆い隠せるはずもない。なるほど、そうやって見ればますます不気味にみえるというものだ。 「ここが過疎で農山村として立ち行かなくなったとき観光地として開発できたのも、この病院運営に関係してるとか」 「なんてこったい」  新垣はとんでもないことを聞いたと頭をせわしくかいた。病院だけではなかった。この藍青(らんせい)という土地の発展の影に隠された真実。この国に掬う闇の力。白い雪の下にどす黒い人間たちの思惑が蠢いている。     
/309ページ

最初のコメントを投稿しよう!