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椿が聖のことをお兄様と呼ぶのには理由があった。母が椿のことを躾と称しこっぴどくしかるとき、たいてい『お兄様を見習いなさい』『お兄様にできてなぜあなたはこんなこともできないの』『同い年だというのにお兄様とは雲泥の差だわ』などと幼い頃から言われ続けたからだ。聖が椿にそう呼ばれることを嫌っていることを知っているからせめてもの当て付けだった。
「まぁいいや。これみて、素敵だろ。何か一つ買ってあげるよ」
それは銀細工の露店だった。並んでいるものはどれも藍青(らんせい)にはない洗礼されたデザインの品が多い。年頃の娘なら誰でも興味を引きつけられるとでも聖は考えたのだろう。
「さっ選びな」
「わかった、ありがとう」
兄は自分が譲にふられたことを知って気を遣っている。そう椿は判断し、聖の申し出を了承した。椿は黒い敷物の上に並べられた銀細工を眺めながら思う。さぞ優越感に浸れるのだろう。聖は常に椿をかばっていた。その度に母は言うのだ。『聖は妹思いのやさしい子ね』と。
「どれか気に入ったのはあるかい?」
一つの指輪が椿の目にとまった。蝶をモチーフにした銀飾りの真ん中に小さな青い宝石があしらわれたピンキーリングだった。蝶のデザインが可愛いのもあったが、何より目を惹いたのはその小さな青い宝石だった。
それは天上に輝く月を思わせる青。人の心ひどく魅了する青い青い光を灯す。
これは――。
「つーばき。何か買うの?」
美雪たちもやってきた。
「椿に何か買ってやろうと思ってさ」
「えーずるーい、私も椿に何か買ってあげたーい」
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