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その日の夜、明日は一日テーマパークを回るために千葉のホテルに泊まることになっていた。同室の美雪と梓が眠りについた中、椿は音を立てずにベッドから出る。そして窓際に行き今日、聖に買ってもらった指輪をはめた左手を掲げる。
「やっぱり藍青(らんせい)で見る月の方が綺麗ね」
都会の明るい夜空に浮かぶ下弦の月を望み椿は残念とため息をついた。
「でもいいわ。あなたは藍青(らんせい)の月に負けないくらい綺麗だから」
小指に納まるその青は満点の空に散らばる星々、そしてその王者たる月の美しさをも凌駕する。暗がりの中でも灯る人を魅了する青、その魔力の代償は持ち主の命。
怖くない。もう未練はないもの。
出会わなければよかった。せめて告白した日に断られていたらよかった。朝比奈椿に人としての価値はないと、とうの昔に受け入れて生きてきたのだ。愛する人の優しさが自分だけに向けられる喜びを知らなければ、惨めでも虚ろな存在のまま生きていけたのに。でももうそれも叶わない。人は一度口にした甘美な蜜の味を忘れることなどできない。潤わぬ喉にその蜜を渇望してのたうち回る苦しみに疲れ果ててしまった。
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